「水嶋くん、あなたのおかげで、菜々子はずいぶん変わったの。今までこの子が楽しそうに笑うところなんて、ほとんど見たことがなかったのよ。笑ってても、いつもどこか寂しそうで、それはわたしのせいだってずっと思ってた。寂しい思いをさせたのはわたしのせいだから。菜々子から、聞いているかしら。わたし、結婚するの。菜々子の為にじゃなく、自分の為に。わたしの好きな人を菜々子が受け入れてくれた。それが嬉しい。ごめんなさい。大人の勝手にあなたたちを巻き込んでしまって」

ゆっくりと、菜々子にそっくりな優しい声で、菜々子の母親は俺に言った。
正直で、正しい言葉だと思った。

菜々子の母親は、菜々子と俺のことを『あなたたち』と言い、結婚を菜々子のためでなく『大人の勝手』と言った。
それがわかっていて、だから俺に『ごめんなさい』と謝る菜々子の母親は、悲しいくらいに誠実で正直な女性だと思った。菜々子とそっくりな、菜々子の母親。

俺は大丈夫ですとは言わなかった。菜々子と離れることを、大丈夫だとはまだ思えていないから。
だけど、小さく頷いた。

菜々子は俺の為に、ナナになってミキと繋がってくれた。
俺のことを知りたくて、ミキのブログに辿り着いてくれた。
SNSやネットが苦手なはずの菜々子が、ネットの世界でナナとして見ず知らずのミキに語りかけてきたことが、俺はずっと疑問だった。
だけど、すべては俺のことを知りたい思いからだったのだとしたら。

菜々子が離れようと俺を嫌いになろうと俺が菜々子を好きなことには変わりない。森田は俺にそう言ったから。
俺たちは、もうしっかり心で繋がっている。そう思えたから。

「ありがとう。ねえ、うちで晩ごはんを食べていかない?」

菜々子の母親の、ほっとしたような無邪気な笑顔。やっぱり菜々子とそっくりだ。俺はちょっと笑ってしまう。

「いただきます」

同じ笑顔が目の前にふたつ並んでいる。
菜々子の父親になる人が菜々子のことも大切に思ってくれている、というのはきっと本当なのだと俺は思った。
菜々子とお母さんは一心同体だ。菜々子を好きなら菜々子の母親を好きになる。菜々子の母親を好きなその人は、きっと菜々子のことも心から大切に思うだろう。