「はじめまして。ずっとあなたに会いたいと思ってたの」

菜々子の母親は、菜々子にそっくりな人だった。
ほっそりとして、儚くて、硝子細工みたいな危なっかしい感じで笑う人。
そのくせ言葉はとてもしっかりとしていて、見た目とのギャップにどきっとするような勇ましさと、わざとなのかとぼけているのかわからないような不思議な雰囲気が、菜々子とまったく同じだった。

築年数はどれくらいだろうとちょっと不安になるような、古いタイプのハイツの一室が、菜々子と菜々子のお母さんが二人で住んでいる場所だった。
外観の古さとは違い、一歩部屋に入るとどこからかいい匂いがするようなきちんと整頓された家。
物は少ないけれど、一言で言えばとても落ち着く家だった。

俺が通されたのはちょっと昔の雰囲気の台所。
テーブルと椅子が三脚、食器棚や炊飯器や電子レンジが少し窮屈な感じで、でも綺麗に並んだ部屋だった。
菜々子の父親になる人が来たときのためにあとから買われたものなのか、一脚だけ椅子がテーブルと合っていなかった。
その一脚に、俺が座った。

菜々子と、菜々子の母親。
目の前に並べられた少しのお菓子と温かいお茶。

「ごめんなさいね。いきなり呼ばれて驚いたでしょう」

菜々子の母親はふんわりと微笑んでいった。
俺は「いいえ、大丈夫です」と答えながら、いったい何が大丈夫なんだと自分の心のなかで自分に突っ込みを入れていた。

「菜々子がずっと好きだった人に、会ってみたかったの」

「ちょっと!お母さん!」

顔を真っ赤にした菜々子が、やめてよもう、というと菜々子の母親は「だって、本当のことなんだもの」と拗ねたような感じで菜々子に言った。

「一年生の頃だったかしらね。菜々子が急に、図書室から魚とか水草の本を借りて来てね」

「えっ、図書室?」

菜々子の顔と菜々子の母親の顔を交互に見比べる俺。図書室って学校の?魚とか水草って、なんで菜々子が?

「偶然、見たの。図書室で慶太くんが、一生懸命何かを調べてるところ」

菜々子が観念したように話し始める。

一年生の頃、俺が図書室で調べものをしていたのは本当だ。バイトを始めたばかりでアクアリウムの知識がなかった俺は、図書室で片っ端からそれ関係の本を読み漁っていた。
だけどそこに、同じクラスの女子がいたなんて俺はちっとも知らなかった。

「菜々子ったらね、水嶋くんが読んだ本をこっそり借りたり、自分のパソコンでアクアリウムについて検索したりし始めてね」

菜々子の母親がくすくすと笑う。菜々子は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

菜々子があのときミキのブログに辿り着いたのも、アクアリウムについて検索していたからで、俺の好きなものを知ろうとしてくれていたからで、だとしたらミキと(俺と)ナナが(壷井菜々子が)繋がったのは、ただの奇妙な偶然なんかじゃない。

菜々子が、俺と繋がってくれたんだ。