菜々子が待ち合わせ場所に指定してきたのは彼女の家の最寄り駅だった。
学校のある、俺の家の最寄り駅から5駅離れた近くもなく、それほど遠くもないけれどマイナーで馴染みのない駅だった。
菜々子と付き合ってはいるけれど、お互いの家を行き来するようなことはしたことがない。
付き合っている、というのも今日で過去形になってしまうのかもしれないけれど。

「慶太くん」

改札を抜けたところで菜々子は待っていた。
待ち合わせの時間に菜々子が遅刻したことは一度もなくて、いつも菜々子は先に来て律義にまっている。そういうところも好きだった。
菜々子は薄いブルーのワンピースにふわっとしたカーディガンみたいなものを羽織っている。菜々子らしくて一番彼女に似合う服装だ。
別れたら、菜々子の私服を見ることなんてできなくなるんだろうなと考えたら寂しくなった。
だけど不思議なことに、だからこれからは俺の片思いになるってことなのか、と昨日の夜の森田の言い回しを思い出すと、それでもいいかもしれないと思えた。
残念なことに俺は菜々子と付き合ったことで、もう他の誰も魅力的には思えなくなってしまったから。

「うち、ぼろぼろだからびっくりしないでね」

隣を歩く菜々子が言った。うち?うちって菜々子の家のこと?

「家に行くの?これから?」

「うん。会わせたい人がいるって言ったでしょ」

「言ってたけど……菜々子んちで会うわけ?」

新しく好きになった男と?てことは菜々子の想い人はもう菜々子の家に入るような関係ってこと?俺も行ったことないのに?それって、それっていくらなんでもひどくないか。

「お母さんなの」

「へっ?」

思わず素っ頓狂な声を出していた。人生で、素っ頓狂なって言葉がしっくりくるような声を出したのは初めてかもしれない。