「わたしもね、いないの、父親」
壷井さんは、爽やかな笑顔で言った。そして、こう続けた。
「あ、でもだからって、水嶋くんの気持ちがわかるとか、だから仲間だね、とかって意味じゃないよ」
俺はうん、と頷いた。
自分にも父親がいないということ。それをあっさり告白して、だけどあっさり切り捨てた壷井さんはなんだかすごく潔くて、勇ましかった。
じめじめした感情や、変な被害者意識や、父親がいないことに対する劣等感、父親がいないもの同士の変な絆なんか持ち出されたらどうしよう。と、一瞬構えた俺の予想を完璧に裏切ってくれた壷井さんは、その決して強くはなさそうな見た目とは裏腹に、とても強い人だった。
やっぱり壷井さんは、アカヒレに似ている。
「俺、壷井さんが好きだ」
いきなりだった。
だから壷井さんが「え?」と呟くのとほぼ同時に、自分のいま言った台詞に驚いて俺も「あ……」と呟いていた。いま俺、壷井さんが好きだって、そう言ったよな。
俺はもう自然に、何も考えずにそう口走っていた。
俺の中で、壷井さんという存在がどんどん膨らんで、耐えきれなくなってついに弾けた瞬間だったんだと思う。


