今日ばかりは、普段はただの天然おやじである亀田さんに感謝すべきなんだろう。
完璧なアクアリウムだけが並ぶ、俺の理想のアクアリウムの世界に大切な女の子を招待することができたのも、そこではからずも二人きりになることができたのも、亀田さんのおかげなのだから。
「すごく、素敵な人だよね」
壷井さんがアカヒレの水槽を眺めながらいった。壷井さんはやっぱり、水が澄んだ田舎の川底みたいなアカヒレの水槽がよく似合う。
「えっ」と思わず声を出してしまう俺。
「素敵って、あのおっさんが?ただのアクアリウムおやじだよ」
そんな風に答えてしまう俺は、ただの照れ隠し。本当は、亀田さんが褒められると俺も嬉しい。俺も、亀田さんは素敵な人だって思ってる。
ふふっ、と壷井さんはやわらかく笑う。
「嘘、水嶋くん、すごく好きでしょ?亀田さんのこと」
「まあ、ね」
「だと思った。親子みたいだもん、亀田さんと水嶋くん」
にこっと微笑む壷井さんの言葉にどきっとしてしまう俺。親子、か。
「俺、親父いないから。だから俺は亀田さんのこと、勝手に親父みたいなもんだと思ってる。向こうはどう思ってんだか知らないけど」
「そうなんだ」
壷井さんは、俺のことを可哀想な目で見るわけでもなく、変なこと言っちゃったな、と後悔してるようでもなく、あっさりとした感じでそういった。
俺はそれを見て、心の底からほっとした。
父親がいないこと、それは俺にとっての当たり前で、そこに触れられたからって辛くも痒くもなんともない。
それよりも、そこに触れてしまった相手の反応を見ることが、いつも、何より苦痛だった。


