「なんだもう帰るのかー?」
カウンターから俺たちのいる海水魚のコーナーにむかって亀田さんが声を掛けてくる。途端に我にかえってちょっと恥ずかしくなる俺。全部丸聞こえだったってことか。
「もう少しゆっくりしていけよ。せっかく来たんだから。あ、俺が邪魔なら言ってくれよ、ちょっと出たい用事もあるから」
「ちょっ、亀田さん!何言ってんすか、俺は別に……」
「何だ。別に店でいやらしいことしていいなんて言ってないぞ。俺はただ二人にしてやるって言ってるだけで……」
「亀田さん!止めてくださいって!」
何を言い出すのかと思えば。だけど亀田さんは、いつにも増して嬉しそうだ。
「店番ついでに二人で話でもしてたらどうだって言ってるだけだろ。どうせ客は夜まで来ないんだ。彼女も、どうやら魚に詳しいみたいだし、ゆっくり見学してってもらえ。俺はリースのメンテナンスに行って来るから」
「……亀田さん……」
「まあ、彼女が嫌でなければ、だけどな?」
亀田さんはにやりといたずらっぽく笑って壷井さんを見る。
俺たちのやりとりをぽかんとした顔で見ていた壷井さん。
「ありがとうございます」と、少し戸惑った顔をしたあとで彼女はいった。
「お言葉に甘えさせていただきます。わたし、もう少しこのまま水槽を眺めていたいなって思っていたんです。だから、そう言っていただけて嬉しいです」
にこっと微笑む壷井さん。えっまじで?と呟く俺。嬉しそうにはっはっと笑う亀田さん。


