壷井さんは、ただ黙って目を輝かせていた。

一歩一歩、水槽の間をゆっくりと進む彼女はまるで水の妖精みたいで、水音だけが響くこの空間に、とてもよく似合っていた。

「ここまでが淡水魚。奥が海水魚のマリンアクアリウムのコーナーになってる。壷井さんが好きな映画に出てくる魚は、みんな奥の水槽にいるよ」

俺が奥を指差すと、壷井さんはにこっと笑って小さく頷いた。

七瀬さんのときはうんちくを語ったり、女子高生だとはしゃいだりおちゃらけたりとうるさくしていた亀田さんも、今日はなぜだかおとなしい。
亀田さんは、俺と二人のときも大抵こんな風に静かに水の音を聞いている。
だから今日の亀田さんは、いつもと同じ。普段通りってことはそれだけ壷井さんが、この店の雰囲気に馴染んでいるってことなんだろう。

ブルーのLEDライトで照らした海水魚の九十センチ水槽を並べたマリンアクアリウム。

「あっ、いた!」

俺が説明する前に、水槽のすぐ側までたたっと駆け寄った壷井さん。さっそく目当ての主役、カクレクマノミを発見したらしく、いつもの壷井さんからは想像し辛い、まぁ悪く言えばあまり似合わない、かなり興奮気味の明るい声。

「ああ、可愛い!本物だー!嘘みたい!小さーい!」

鮮やかなオレンジに白の縦縞、イソギンチャクやサンゴの間を出たり入ったりするカクレクマノミは、確かにとても可愛いけれど、俺からすると、それに興奮している壷井さんの姿のほうがよほど可愛らしかった。