『傍観者が1番最低だって気づけよ。お前らはめんどくさいで終わらせられるかもしれないけど、最初から最後まで傷ついてる奴はめんどくさいで片付けられないんだよ』








それだけ言い捨てたアオはすぐに佳菜子ちゃんの元に行く。私もアオの言葉に固まる男の子を一瞥してから、すぐにアオの後を追う。




佳菜子ちゃんは私とアオを見た瞬間、強ばっていた顔が一気に解けて泣きそうになる。







『は、るい先輩・・・青井せんぱ、い、』







佳菜子ちゃんの声に女の子達は振り返る。

いきなりの部外者に、先輩という存在に、びくつきながらも私達は悪くないと言い聞かせるように数でモノを言わせて立っている。




アオはあくまで淡々と、怒りを押し込めるように優しく佳菜子ちゃんと対立する女の子達に問い掛ける。






『いきなり部外者が悪いね。俺ら、ここで駄菓子買いたいから来ただけなんだけど』

『あーそうなんですかー、すみませんちょっと揉めてて』

『うん、見ればわかる。どうしたの』















アオの優しい問い掛けに、大人数いるうちの1人がハッとしたようにリーダー格らしい女の子にひそひそと耳打ちする。あ、私が最も嫌いなやつだ。





「ねえそれやめてくれない?初対面であれなんだけどー、めちゃくちゃ腹立つんで」


にっこり笑顔でひそひそと話をする女の子を見つめる。


「堂々と言ってもらえるかな。言えないならやんないでよ」

『・・・すみません』







笑顔は作れたくせに怒りは隠せずに思わず声は低くなる。私のそれに肩を上げた女の子は顔を青ざめさせて萎む。




が、さすがリーダー格センター女子。何食わぬ顔で私とアオを見つめて、その後に佳菜子ちゃんを一瞥すると再び私達に向けた彼女の視線は敵意に満ちていた。








『先輩方は藤井さんと仲良しなんですね。そういう人達に理由話してもどうせ藤井さんの肩持つから、無意味でしょうけど』






なるほど、この強さにプラスして数で圧倒されたら佳菜子ちゃんに勝ち目はないに等しい。どんな理由であれ、この状況自体がおかしいことに麻痺した彼女達は気づかない。










『別に藤井の味方じゃないけど』

『え?』

『だから、別に藤井の味方じゃねえって。誰の味方でもねえから理由聞いてんじゃん。な?ハル』









アオの淡々とした声がそのまま私に矛先を変える。

それに驚きながらアオへと視線を向ければ、真っ直ぐと無表情なまま私を見つめている。それは部室に居る時の気だるげでやる気のない怠惰人間丸出しのアオである。












そんな伝え方に思わず笑いそうになるのを堪えて、大きく頷くとリーダー格の女の子に視線を向けて笑いかける。







「私達、アオハル部なんだけど知ってる?」

『・・・まあ、ある意味有名だし・・・』

「ある意味って。じゃあ部活内容とかも知っててくれてる感じ?」

『詳しくは、知りませんけど』









話が吹っ飛んだことに困惑したリーダー格は、訝しげな顔をしながらもこの重たい空気の中で、能天気面した私とアオに圧倒されながらやっとのことで返事をする。






アオは察した私を安心したように見下ろす、彼曰くの4次元ポケットにしまっていた風船ガムをぽんっと口の中に入れた。そんな気だるげさだが、結局は自分の背中で佳菜子ちゃんを隠している。







「相談、受けてるんだよ。だからほら、気軽に話してよ。そんな固くならないでさあ」






怯む彼女達に近づいてぽんぽん、と肩を叩く。せっかくの楽しい文化祭がこうでは勿体ない。





そう思えるのは、視野が広がったのは佳菜子ちゃんのためだけではなく、アオハル部として動こうと思ったからで。

それを気づかせてくれたのは隣でめっちゃ風船ガム膨らませて心做しか嬉しそうな馬鹿である。





彼女達ももう正直対立に疲れていたのか、リーダー格が溜息をついて緊張を解くと周りの子達もどっと疲れを感じたような顔になる。





『藤井さんあんまり私達と関わりたくないのか話しかけても相槌しか打たないし、結局今日お願いしてた仕事も間違ってるしでさすがに私達も爆発して』




リーダー格の子が呆れたようにアオの後ろに隠れる佳菜子ちゃんを見ながらそう言う。多分言ってる限り、嘘はないような気がする。











『えっ、お前無口なの?』





アオは彼女の言葉にびっくりして、後ろの佳菜子ちゃんに振り向いて声を投げかけるが、佳菜子ちゃんは気まずそうに黙るだけだ。








「佳菜子ちゃんが間違えちゃったのって、どれ?」

『え?ああ、あれです、あのメニューのところ、全部ひらがなにしてるし、色とかもお願いしてた色と全然違うからあのメニューだけ浮いちゃうし、』

『それで私達が直そうとしたら藤井さんが「だめ」ってどいてくれなくて』







その言葉を聞いて、佳菜子ちゃんの後ろにあるメニュー表を見る。

ひらがなで書かれた文字にその横には10円玉の数が値段の数だけ書かれていて、明らかに昔ながらを全面に出し切ったメニュー表だ。






「うーん・・・、私これ個人的にめちゃくちゃ素敵だと思うんだけど駄目なんだ」

『だって明らかに浮いてるじゃないですか』

「確かに浮いてるけど、平仮名は漢字が読めない小さい子が来た時のためかなとか凄く優しいメニュー表だと思う」

『・・・だったら、もっと早くに作る前に言ってくれれば良かったじゃん。藤井さん』






リーダー格の言葉の槍が佳菜子ちゃんに飛ぶ。未だにアオの後ろに隠れたままの佳菜子ちゃんにさらに腹が立ったのがリーダー格の言葉が止まらなくなる。






『そうやって私達が悪いみたいにさあ、言ってくれれば私達だって変えたかもしれないし、自分のだけ良ければいいとか思ってるの?』







甲高い声が佳菜子ちゃんに突き刺さる。佳菜子ちゃんの前に立つアオはポケットに手を突っ込んだまま片足に重心を置いて、気だるげに突っ立っては面倒そうにガムを噛んでいる。











『藤井さん聞いてるなら返事してよ。ねえまた無視?』


思いっきり亀裂の入るその空間。



『ほらまたこうやって埒が明かない。それで私達が悪者みたいな?もうやだ』





アオは何を考えているのかさっぱりわからないくらい明後日の方向を見て欠伸をした。こいつはマジで後で処刑。








『────・・・泥沼に家は建てらんねえだろ』









なんて間延びした声の主は欠伸を終えたアオだ。

意味不明な言葉にその場にいた全員が首を捻って眉を顰める。が、言った当の本人は眠そうに瞬きをゆっくり繰り返している。






リーダー格がアオに問い詰めようと口を開いた瞬間、それを遮ったのはアオではない男の子の声。そちらに顔を向ければ、私達に話しかけて雷を打たれた男の子だ。






『市村達がいっつも言えない状況作ってたじゃねえかよ。藤井さんが居ないところでずっと悪口言ってたつもりだろうけど、藤井さんたまに廊下でそれが終わるまで隠れてたの知らねえだろ』

『ッはあ!?何それ。てかなんでいきなり男子が口挟んでくんのよ』







ひた隠しにされていた事実を事もあろうか傍観者だった男子達に露見されて、リーダー格を中心とした女の子達が言い返す。それに今まで黙っていた男子達の怒りも爆発する。






『関係ないんだから黙っててよ!』

『はあ?お前らがつまんねーことで揉める度に放ったらかしにされてた俺らのこと考えろよ』

『アンタ達が入ってくると余計ややこしくなるからでしょ!?』

『俺ら入ったことねえくせに勝手に決めつけてんじゃねーよ』

『いつもの行動見てたらわかるっつーの!』

『俺らだって考える時はちゃんとやってんのわかれよ』

『だったらいつもちゃんとやればいいじゃん!』

『じゃあそっちは俺らのこと言えるくらい完璧なのかよ!』






とまらないとまらないとまらない。爆発したそれはとめどなく溢れ出して爆発する。たくさんの怒号が教室内で飛び交って、廊下からこちらを覗いては色んな人が逃げるように消えていった。













「はいはいはい!落ち着いて!」

『大体女子はいっつも俺らのこと馬鹿にしやがって』

『だってほんとのことじゃん、本当のこと言って何が悪いの?』


「まあまあ落ち着、」

『じゃあ女子は全員いつもテストで男子よりも上なんですかー?』

『そういう馬鹿って基準じゃないことわからない時点で馬鹿じゃん』







終わらない怒号に誰よりも耐えきれなくなったのは私だ。

思わず横で眠そうに瞼を擦るアオを殴ってしまいそうだが、本気でアオが病院送りになりそうなので、無言のまま回し蹴りで近くにあった掃除ロッカーを思いっきり蹴る。






物凄い音に、全員が声を上げることをやめて私を見た。そして、ただ静かに憤りを溜め込む私にビクゥと肩を上げる。






アオはへこんだ掃除ロッカーを見てから半目で私を呆れたように見つめてきた。







「・・・じゃあアオ、私は静寂を作ったので後は頼むね」

『ええー』

「アオ」

『おっけいわかりました精進します』







びくっと怯えたように口の端を上げたアオは逃げるように私から視線を逸らす。そして未だに固まる皆に面倒そうに言葉を紡ぐ。







『大声を出すことはストレス発散になるらしいです。どう?フラストレーション解消した?』






私とは打って変わって心底どうでもよさそうに淡々と言葉を吐き出すだけのアオは、何故か人を惹き付ける。













『人が対立し合う時の多くって「自分は間違ってない」っていう見解なわけで。

お互いに自分は正しいって気持ちで相手にぶつかるんだから、そりゃ衝突はするわ理解はしないわで、

──ひたすら平行線じゃね?』








後ろに寄りかかりながらアオは別に説教をするわけでも何でもなく、ただただ意見を静かに述べるだけだ。

そこには優しさも強制も正義も何も無い。







『“間違ってる”ってそれは結局個人の物差しに過ぎないんだからさ、

別にその物差しを相手のためにへし折れなんてことは言わないし、

物差し自体は大切だと思うんだけど』






間延びしたほんの少し低い穏やかな声。





『物差しが相手と違ったのなら、ただ単純に“物差しが違いましたね”で終わらせるのも有りだと思うよ、俺はね』



誰かを特別扱いもせず、誰かを嫌いもせず、淡々と言葉を散りばめる。




『それでもどっちかにしないといけないんだったらー・・・そうだな、ジャンケンだな。運はどうしようもないからな』







へらっと笑ったアオに、もう誰も怒りの声を上げる人なんて居なかった。

こうやって知らぬ間にアオは誰かの心を鎮めて、するすると気付かぬうちに穏やかな場所まで連れていってしまう。









『つーことで、今の俺にジーンと来た人は風船ガム俺に寄越しなさ、ッ!』

「はいはい気にしないでね。じゃあまた、何かあったらいつでもアオハル部に来てね」

『待って風船ガム!風船ガム・・・!』








すぐに調子に乗るアオの首根っこを引っ掴んでぐいぐい引っ張る。

アオのぶつくさ文句を言う声を黙らせるために更に引っ張る力を強めれば苦しそうな声を上げた。
















『春井先輩・・・っ!青井先輩!』









と、大きな声が後ろから聞こえて振り返ると、わんわん泣きながら佳菜子ちゃんは私に飛びついてきた。いや、なんで私?






『春井先輩・・・ありがとうございます、本当にありがとうございます』

「え?いやいやいや、私何もしてないし、抱きつく方間違ってるんじゃ、」



私の身体に抱きついて泣く佳菜子ちゃんに問い掛けたのに、私の言葉を否定したのはアオだ。



『間違ってねーよ』

「え?」




それに首を傾げれば、アオは佳菜子ちゃんの頭を鷲掴みにして無理矢理顔を上げさせる。





『コイツは最初っからハルが狙いなんだよ』

「・・・・・・え?」

『だからいつも傍にいる俺が邪魔で隙あらば俺を除外しようと邪魔してきたんだよ』

「え?は?ん?え?どういうこと、え?佳菜子ちゃん・・・?」







アオの言葉が信じられず佳菜子ちゃんの顔を見れば、アオを怖い顔で睨みつけている。その顔は好きな人に向ける顔じゃない。







『・・・・・・春井先輩のことずっと憧れてて、かっこよくて、春井先輩に近づいて隣にいたいのに・・・なんか変なのいるし、』

『待って待って変なのって俺?殴っていい?こいつ殴っていい?』

『青井・・・超邪魔だった』






めちゃくちゃ毒づく佳菜子ちゃんの新たな一面を知り、固まる私。その隣で相当お怒りで、お怒り過ぎて逆に笑顔なアオ。













『私も春井先輩みたいになれるように、頑張ります。あんな回し蹴りで皆を黙らせることができるくらい、強くなります』

「いやあれは真似しないでください」

『春井先輩、本当にありがとうございます。あ、青井もどーもね』

『はああああ?なんなのコイツ!』

「佳菜子ちゃんその調子だよ」

『はいっ!』

『“はいっ!”じゃねえよ、ハルも何言ってんだよ馬鹿か!』






ぺこ、と頭を下げて戻ろうとする佳菜子ちゃん。ふと何かを思い出したように彼女を呼び止めたアオはぶっきらぼうな声を飛ばす。









『アイツにちゃんと御礼言えよ』


『・・・知ってるよばーか!』








あっかんべえをした佳菜子ちゃんはぱたぱたと自分の教室に戻って行った。「アイツ」とはきっと、あそこで勇気を出して傍観者を脱してくれた男の子のことだろう。






2人でどっと疲れを感じながら、なんとなくもう自分たちの教室に戻る道を歩き出す。









「・・・大丈夫かな、佳菜子ちゃん」

『大丈夫に“する“んじゃねえの。どうでもいい腹減ったー』

「そうだね。私勝部先輩の舞台見たいなあ」

『え、アイツ何やんの』

「ジャングル探検隊?だって」

『うわあー、とうとうゴリラ野生に目覚めるのか』

「おい」