『マルティン・ルター名言集』
ずらりと並ぶ分厚い本の中から、迷わずその一冊を手にとった。本の内側に張り付けられている紙のポケットから、図書カードを抜いてみる。
やはり昔の宗教学者に興味を持つような生徒は少ないらしく、私がこれを手にしてから四年の月日が経っても、カードにはまだ五つほどの氏名しか並んでいない。
「あった……」
貸し出し記録の一番上にあるのは、【二宮陽輝】の名前。そして、そのすぐ下に【藍沢紬葵】と書かれている。
「ハル……」
そのカードを指先で撫でると、『つむ』と優しく呼ぶ声が鼓膜に甦る。
会いたいよ、ハル……。
懐かしいような本の匂いに包まれ、高校生の頃にタイムスリップしたような切ない気分に浸った。