彼はわたしを舟の上に引き揚げ、櫓を漕ぎはじめた。


わたしはこれからの新しい生活に胸を膨らませていた。

楽しくて、嬉しくて、鼻歌を歌う。


「………お前、まさか。セイレーン……とかいうやつじゃないだろうな」


わたしの歌声を聞いた彼は、なぜか訝しげな顔で訊ねてきた。


「え? なぁに? セイレーンって。なんのおはなし?」

「いや、気にしないでくれ。まぁ、こんな、のほほんとしたやつがセイレーンなはずないか………」


彼は目を細めて、くくっと笑い声をあげ、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でる。

わたしはやっぱり嬉しくて、さらに大きな声で歌を歌った。


はるか頭上の月から溢れる光が、わたしたちと海を照らしていた。