「あれ〜? 消しゴム忘れちゃった〜」


犬飼くんの突然の夢話から一日。


あたしはわざと、犬飼くんに聞こえるように声を上げた。

前の席の犬飼くんが振り向きかけたのを視界の端にとらえると、あたしはすぐさま横を向き、「消しゴム貸して!」と隣の原田くんに手を突き出した。


ふふふ、これで犬飼くんは、あたしが犬飼くんに恋をしてるなんていうのは思い込みだって気づくでしょう。


だって、普通なら、ここぞとばかりに好きな人から借りようとするもんね。


でもあたしは原田くんに声をかけた。


ということはつまり、


犬飼くんに借りようなんて思わない

=犬飼くんとの接点を求めてない

=犬飼くんのことなんか好きじゃない!!


いくら犬飼くんが変人とはいえ、さすがに分かったでしょう。


……と、思っていたのに。


「夏木さん、俺の消しゴム使っていいよ」


―――そんな甘い考え、やっぱり通用しなかった。

犬飼くんは不気味な笑みを浮かべつつ、すうっと消しゴムを差し出してきたのだ。


「俺ふたつ持ってるから、今日一日貸してあげるよ」


ひとの厚意はしっかり受け取りなさい、というマトモな教育を親から施されてきたあたし。


なので、「ありがと!犬飼くん」とにっこり消しゴムを受け取った。


犬飼くんはにやっと笑い、「夏木さんってシャイだよね……」という謎の言葉を残して前を向き直った。


―――シャイなんかじゃねーよ!!

いいように解釈すんなっ!!


と内心で怒りを燃え立たせつつ、あたしは原田くんに消しゴムを返却し、泣く泣く犬飼くんの消しゴムを愛用する羽目になったのだった。