「――――夏木さん」


………え?


「夏木さん、今までありがとう」


………は?

なに言ってんの?


相変わらずぼってりと重い前髪の下から、じっとあたしを見つめてくるぎょろりとした目玉。

目の前にぬぼっと立っている犬飼くんを、あたしは怪訝な顔で見つめ返す。


「ありがとう、さようなら――――」


は? ちょっと、なに言ってんの………?


くるりと踵を返した犬飼くんに手を伸ばそうとした、その瞬間。



―――がたんっ!!


静寂を切り裂く騒音に、あたしははっと目を覚ました。


その騒音とは、あたしが自分で立てたものだった。

つまり、居眠りしていてびくりと身体が震えてしまうアレだ。


恥ずかしさのあまり真っ赤になっていると、先生が、


「夏木ぃー、寝てたのか? 珍しいな」


とにやにや笑った。


あたしは「すみません」と小さく答え、ごまかすように窓の外に視線を移した。


そのとき。


「あっ」


思わず声が出た。


グランドの向こうにある校門の先に、犬飼くんの姿を見つけたのだ。