わたしは颯太くんと話していたせいで、神様に何を伝えるか考えていなくて焦った。

あわててお賽銭を投げ、鈴を鳴らし、手をあわせて頭を下げる。あせったわたしが思いついたのは『これからも、このままいられますように』という言葉だった。

颯太くんとえれながうまくいくといい、なんて思っているつもりでも、結局こうして颯太くんとふたりでいる時間がもてるとやっぱりうれしい。私を好きになってくれないのはしょうがないとしても、せめて時々こんな風に話せたらいいなと願ってしまうのが正直な思いなのだった。

……ちょっとやましいところもあるけど、求めたのは現状維持だけ。ずいぶん欲がないなあって自分でも笑える。

でも、高校に入学してから、はじめてと思うくらいに一学期は充実していた。物理的にも精神的にも大変だったけど、衣装係をやれたのは大きかった。想像していた以上に、いい思い出になった。それはやっぱり、衣装係をすることで颯太君の近くにいれたから、そう思えるんだと思う。
やっぱり、あのときは幸せだったなあと、わたしは隣を歩く颯太くんをこっそり見上げた。うん、やっぱりこのままこんな風にそばにいられたらいいなあと、わたしは思う。 
 
颯太くんが何か聞きたそうな顔でこちらを見た。わたしはあわてて目をそらしながら「なに?」とたずねる。

「……まあどうせ、教えてくれないからいいや」

その言葉に思わず笑ってしまう。だから、教えてあげた。

「現状維持をお願いしたの」

「え? なにそれ」

わたしはくすくす笑って、答えははぐらかした。

恋人とかそういう特別な存在じゃなくてもいい。好きな女の子の友達というポジションでもいいから、こうして時々颯太くんのそばにいて、話したり笑いあえたりしたらいいなっていうささやかな『このままいられますように』なんだってこと、自分でははっきりと意識していたのだった。
お参りを終えて、参道の両脇に並んだ屋台を見て回る。

と、風車やおめんがならべられた屋台の前に、水風船やスーパーボールがたくさん浮いた水槽が置かれた店があった。

「わー」

色とりどりの水風船に目を奪われて、思わずかけよる。

「理緒、こういうの好きそう」

颯太くんに言われて、大きくうなずいた。

「こういう風にいっぱい並んでるの見ると、テンションあがる」

「あー、なんかわかる。わくわくするよな」

「そうそう。全部ほしくなっちゃう」

赤、オレンジ、水色、ピンク。いろんな色の水風船が並んでいる。中には黒や紫といった強い色のものもあった。それぞれに描かれた模様によって、印象も変わる。

わたしはひとつひとつをじっくり見たくて、水槽をのぞきこんだ。

すると、颯太くんが言った。

「理緒が好きそうなやつ発見」

「えー?」

颯太くんが指差す方を見たとき、はっとして一瞬世界がとまった。驚きで、心臓がぎゅっとつかまれたような気がした。
そこに浮いていたのはターコイズブルーの水風船だった。ラベンダーにも近い、くすんだピンクやコーラル系のオレンジで模様が描かれている。

ほんとうにわたしの好みにぴったりだった。あのままじっくり水槽を眺めていたら、きっと自分で見つけて手にとっていただろう。

どうして、そんなにわたしの好みがわかってしまうんだろうという驚きのあとに、わたしの心いっぱいにあふれたのは切なさだった。

こうやって小さな偶然がおきると、つい勘違いしてしまいそうになる。
颯太くんはほんとうは私のことが好きなんじゃないかなとか、そんなばかみたいな期待をつい抱いてしまいそうになる。

わたしは感じてしまった切なさを振り払うように笑って、言った。 

「残念でした。全然違うよ」

そういうと、颯太くんは「嘘だろ? 絶対好きだって!」とむきになって言った。

「しょうがないなあ、じゃあこれにしておこうかな」

そんな憎まれ口をたたきながら、わたしはその水風船をすくいあげた。

見れば見るほどわたしの好みど真ん中だった。

「その浴衣にも、めちゃくちゃ似合うじゃん」

颯太くんのその言葉に、また心が打ち抜かれる。心の一番敏感なところに響いて、泣きたくなる。
どうしてこんなに颯太くんの言葉はこんなにわたしを揺さぶるんだろう。

参道の両脇に並んだ屋台を見ながら歩いていると、子供達がしゃがんで群がっているのが見えた。金魚すくいだ。

「金魚すくいやろーぜ」

颯太くんに誘われて、近づいてみると、畳一畳ほどの四角い水槽に赤や黒い金魚がたくさん泳いでいた。

「わたし、とれたことないんだけど」

「おれ、めっちゃ得意」

「あー、なんかわかる。得意そう」

まずは子供達がやっているのを眺めていると、みんな金魚の早い動きに苦戦しているようだった。

「みんなわかってないなー、こつがあるんだよ。金魚すくいには」

小学生らしい子供達が次々と失敗してはしょげて帰る様子に、颯太くんが大人げなくいばってみせている。

「えれなもこういうの得意なんだよ」

わたしは子供の頃を思い出した。

「あの子、要領がいいから、すぐにこつつかんじゃうの。わたしが一匹もとれなくてすねてると、必ず半分わけてくれた」
そう、子供のころはよくえれなの家族も一緒になって、この八幡様のお祭りにきた。みんなでお参りをして、屋台で食事を食べて、帰ってきた。そのままお父さんたちは飲みに行っちゃって、お母さんと子供たちは家でゲームしたりすることもあった。

あの頃はまだえれなとわたしにそんなに違いなかったのにな……いや、えれなはあの頃から可愛かったし、わたしは地味だった。でも、いまみたいにえれなに引け目を感じたりすることはなかった。いつから、こんな風に変わってしまったんだろう。

そんなことを考えていたら、手がとまってしまった。

「どうした?」

わたしの様子に気づいて、颯太くんがたずねてきた。

「なんでもない。…えれなにおみやげにしてあげよう、颯太くんいっぱいとろう!」

「おお、よし」

テキ屋のおじさんに400円ずつ払い、プラスチックの丸い枠に薄い紙がはられた道具、ポイをもらう。颯太君は浴衣の袖を肩までまくりあげた。せっかく大人っぽく見えたのに、またいつもの颯太くんに戻る。

「水面の近くを泳いでるやつがとりやすいんだ」

颯太くんが小さな声で教えてくれた。

わたしはうなずいて、水面近くをゆっくり泳いでいる金魚をすくおうとポイを水にいれる。逃げる金魚を追いかけるようにポイを動かしたら、あっという間に真ん中から紙がさけてしまった。
「やっぱりダメかあ」

わたしがため息をつくと、颯太くんが腕まくりをしながら言った。

「追いかけちゃダメなんだよ。動きを読んで、向かってきたところをちゃちゃっと」

「やだ、なんの話し」

「金魚すくいだろ」

「女の子のことみたい」

「金魚ですー」

颯太くんが水の上に乗り出すようにして、金魚に狙いを定めた。
ポイを水面ぎりぎりをすべらせるようにして、並んで泳いでいた二匹を一気にうつわにいれた。

「すごい」

「まだまだ」

勢いにのった颯太くんは、また一匹とった。薄い紙が少しよれてきているのがわかって、限界かなと思ったけど、颯太くんはあきらめてなかった。

その視線の先にいるのが、出目金だとわかってわたしはは思わず颯太くんの腕をひっぱった。

「あんな大物はもう無理じゃない? 破けちゃうよ」

「大丈夫」

そして、颯太くんは言葉どおり、出目金が水面近くにあがってきたところをみはからって、さっとすくってしまった。

「すごい!」

「ま、こんなもんだろ」

わたしがぱちぱちと手を叩くと、颯太くんは思いっきりドヤ顔をしてみせた。
他の金魚の二倍はあろうかという出目金の大きさに、少しひいてしまったけど、テキ屋のおじさんが普通の金魚と袋をふたつにわけていれてくれた。

「兄ちゃん、彼女にいいとこ見せたな」

おじちゃんはにやにやしながら、そう言って颯太くんに袋を渡す。

彼女、なんて言われても、颯太くんは別に否定もせずに、おじさんから袋を受け取ってる。
彼女じゃないですよ、なんて否定されたら、やっぱりちょっと傷つくだろうから、ちょっとだけほっとした。颯太くんが否定しないなら、わたしが否定しなきゃいけないところかもしれないけど……。
屋台が立ち並ぶ参道を抜けると、颯太くんがトイレに行きたいというので、コンビニに向かった。

外で待っている間、わたしは水風船の写真をとった。

颯太くんがわたしの好みをわかってくれてうれしかったのに、素直にその喜びを表現することができなかった。あの時のうれしさを早く記録したくて、わたしは焦れるような気持ちでシャッターを切った。

コンビニ前の駐車場で、店の蛍光灯の灯りに照らされた水風船。そのままだとちょっと殺伐と見えてしまうので、水風船の色がより濃く出てくるようなフィルターをかけた。そして、できるだけ、水風船によってトリミングし、駐車場の背景や奥に見える並んだ雑誌がわからないようにする。

『この感じ、すごーく好き。ほんとに大好き』

写真をアップしようとしたとき、颯太くんがコンビニから出てきた。

「ごめん」

「ううん、大丈夫」

わたしは『シェア』をタップしてから、スマホをしまった。

と、颯太くんが驚いた顔をした。

「なに?」

「いや、なんでもない」

そういって、浴衣のたもとからスマホを取り出した。
画面を見るとちょっと驚いたような、慌てたような顔をした。「なんか、親から連絡が入ってる、ちょっと待って」と言って、少しわたしから離れた。

なにやら操作して、戻ってくる。

「大丈夫? 急用?」

「あー、全然。全然大したことなかった」

そう言いながら、なぜか颯太くんはニヤニヤしていた。
「なに?」

「なんでもないって」

先に立って歩きだした。その後ろ姿がスキップでも踏みそうに楽しげに見えた。

「?」

わけがわからず見ていると、颯太くんが手招きする。

「ほら、いくぞ」 

「あ、うん」

わたしは颯太くんを追いかけながら、頭の中は疑問符でいっぱいだった。

なんだったんだろう、あのニヤニヤ笑いは……。



参道からは駅まで緑道が続いていく。いつも夜はそれほど人通りのない緑道だけれど、今日はたくさんの人でにぎわっていた。そんないつもと違う雰囲気のなか、わたしたちはのんびりと歩いていた。

「どっちあげようかな。えれなは出目金と普通の金魚、どっちがいいかな」

ふたつの袋を見比べながら、歩いているわたしに颯太くんが言った。

「ほんとに仲いいな、ふたり」

「幼稚園の頃からの幼なじみだから」

「でも高校まで一緒って意外と珍しいな」

本当は受験のとき、担任からわたしたちは別の高校をすすめられた。えれなは私立の女子校で、わたしは今通っているちょっと有名な公立の進学校。うちの高校を受けるにはえれなは偏差値が足りなかった。