「ごめん」


気がついたらそう呟いていた。

目を上げられない。

酔いはすっかりさめていた。


「うん」


答えるケイの声はいつもと変わらない飄々としたもの。

それに少しほっとして顔を上げると、穏やかな笑顔が私を見つめていた。


「そう言うと思ってた」

「………」

「焼鳥さめるぞ、早く食え」

「……う、ん」


食べたくもない焼鳥の串を手に取り、小さくかじる。

ケイの視線が痛い。

このままでいいの? このまま流しちゃってもいいの?


「あのさ、ミキ。一つだけ」


唐突にケイが声をあげた。


「お前のこと本当に理解してるのは俺だけだから」


え、と目を見開くと、ケイは小さく笑う。


「ミキが素直になれるのは俺の前だけだろ。素のままのミキがどんなやつなのか知ってて、それを受け入れられるのは、俺だけだから」


なにそれ、と笑って流そうとしたけれど、無理だった。

ひきつった誤魔化し笑いになっただけだった。


「それだけ、覚えといて。んで、この話は終わりな。たった今から俺はお前の唯一の男友達に戻る。オーケー?」


黙っていると、さらに「わかったか」と念を押され、私は頷くしかなかった。


それからケイは何事もなかったようにいつもの調子で、会社の同僚の面白話を始めた。


それでも私はひどく混乱していて、彼の話はほとんど耳に入ってこなかった。


『お前のこと本当に理解してるのは俺だけだから』

ケイの言葉が頭の中をぐるぐると回る。

確かにそうだ、その言葉は本当だ。

見栄を張って女友達には言えないことも、心配をかけたくなくて家族には言えないことも、ケイには全部話せる。

だから本当の私を一番知っているのはケイだ。


でも。

だから、だめなんだ。

ケイは私のことを知りすぎているから。


彼がどうして私なんかのことを好きになったのか分からないけれど、それが本気なのかも分からないけれど。

とにかく、私は、ケイと付き合うなんてことは無理だ。

だって、恋人になったら、ケイに嫌われたくなくて、私は自分を飾って装ってしまうようになる。


ケイは私にとって唯一、すべてをさらけだせる相手だから、オアシスみたいなものだから。

恋人同士になることでこの居心地の良い場所を失いたくない。


だから、ごめん、ケイ。

君のことは大好きだけど、恋人としては愛せない。

うまくいく自信がない。


私たちは友達でいよう。いてくれる?