きっと、君だけは愛せない

なにも返せずにいると、ケイがふっと笑った。


「そろそろ俺になびいてくれるかなーとか思って訊いてみたけど、なんだ、彼氏いるんだな」


……なびく、って。

やっぱりそういう意味、だよね。


返事に困っていると、ケイは「ごめんごめん」と手を伸ばして私の耳たぶを軽く引っ張った。


「やっとカズと別れたと思ったら、また彼氏ができたとか言うから、思わずちょっと意地悪したくなったんだよ。困らせてごめんな」


優しい笑みだった。

こんなに優しく笑う男の人を、私は他にしらない。


ケイは本当にいい男だ。

だから幸せになってほしい。


私はやっぱり、カズのことを忘れられないから。

今の彼とうまくいかなくなったのも、それが原因なのだ。

何をとってもカズと比べてしまって、カズならこうするのに、こう言うのに、といつも考えていた。

そういう上の空なところに彼も気がついて、それでぎこちなくなってしまったのだ。


ケイにはそんな思いはさせたくない。

私みたいな未練がましくて粘着質なダメ女じゃなくて、可愛くて優しい女の子と付き合って、幸せになってほしい。


ケイの顔をじっと見つめながらそんなことを考えていると、形のいい唇が「まあ」と言葉を続けた。


「俺がいるってことは頭の片隅にでも置いといてくれよ」


胸が苦しくなる。

こんなことを言わせてしまっていることが申し訳ない。

ケイみたいに優しくて気遣いのできる人が、『頭の片隅にでも』だなんて。

ケイはそんな扱いを受けるべき人じゃない。


「……ケイは、いないの」


ぽつりと呟くように訊ねた。


「誰か、彼女とか、いい感じの人とか……」


少し視線を逸らしながら言う。

でも、いつまで経っても言葉は返ってこない。


「ケイ?」


目を戻すと、ケイが眉をすこし下げて困ったような笑みを浮かべていた。


「……それ、俺に訊くかあ?」


どくん、と心臓が大きく脈うった。

肺が縮まったみたいに、うまく呼吸ができない。


「……ごめん。無神経だった」


いいよ別に、気にしてない、とケイは笑った。

それから彼はゆっくりと首を巡らせ、窓の外を見た。


「あ。雨が止んだな」


私も同じように、ガラス越しに街を見る。

いつのまにか雨は止み、空を覆っていた灰色の雲も、風に流されて薄くなっていた。


しばらく二人で空を見ていた。

すると、雲がじわじわとオレンジ色に染まってきた。


「あ。夕焼け」

「ほんとだ」


雲間から鮮やかな西日が射してきて、その光はまっすぐにここまで届く。

窓ガラスが夕陽に染められ、全面についていた小さな水滴が、一つひとつオレンジ色に輝いた。


きれいだね、と言おうとして、横に顔を向ける。

でも、夕焼けの色に縁取られて微笑むケイの横顔を見たら、言葉が出なくなってしまった。


目を奪われたようにしばらく見つめていると、ケイが「そろそろ出るか」と言ってこちらを向いた。

さりげなく目をそらし、「そうだね」と答える。

これからイタリアンレストランで夕食を食べる約束をしていた。


少し残っていたコーヒーを飲み干し、会計をすませて店を出ると、空はもう夕焼けの時を終え、街は夜の色を帯びていた。

ぱらぱらと雨が降っていた。


「なんだ、一瞬やんだだけだったんだね」


そう呟きながら折り畳み傘を開こうとしたけれど、さっき畳むときに骨の部分に布をはさんでしまっていたようで、うまく開かない。

そのうちにも雨は徐々に強くなる。

思い通りにならない傘と格闘していると、ふいに頬や肩を打つ雨がなくなった。


あれ、急にやんだな、と思って顔をあげたら、深い青色の傘に守られていた。

ケイが自分の傘を差しかけてくれていたのだ。


「ありがと」

「大丈夫か、傘こわれた?」

「ううん、はさまってるだけ。ちょっと待ってて」

「ごゆっくりどうぞ」


ぽつぽつと傘を打つ雨の音が私たちを包む。

ケイは待たされているのを気にするふうもなく、道行く人々を眺めていた。


「あ、開いた」


無事に傘が開くと同時に、ショルダーバッグの肩ひもがぽろりと肩から落ちた。

直そうと手を伸ばす前に、ケイの手がさっと動いて元に戻してくれた。


傘に入れてくれるのも、肩ひもを直してくれるのも、とても自然で恩着せがましさがない。

本当にいいやつだ、ケイは。


私がちらりと目をあげると、彼はにやりと笑い、「なに、惚れた?」と悪戯っぽく言った。

私は「ばか」とケイの腕を叩く。

そのまま二人並んで歩きだした。


ケイとは今でも二、三ヶ月に一度のペースで会っていて、居酒屋でお酒を飲んだり、喫茶店でだらだらと話をしたりしている。


それはとても心地よい時間で、私にとってはすごくリフレッシュできる大切な時間なのだけれど、

ケイにとってはそうではないのかもしれない、と思って距離を置こうとしていた頃もあった。


それでも彼は定期的に私を誘い、「友達として」だとか、「べつに下心も妙な期待もないから、気楽に来いよ」と言ってくれるので、

私はその言葉に甘えて、誘われたら必ず受けている。


正直なところ、彼氏と会うよりも、ケイと何気ない話をするほうがずっと楽しい。

彼氏といるときは息が抜けないけれど、ケイとだったら何も考えなくていいから。


それなら、ケイと付き合ったほうがうまくいくのかな。そんなふうに考えたことも、確かにあった。


私はどうしてケイじゃだめなんだろう。

ケイのことは尊敬しているし、大好きだし、それなのにどうして、付き合うとなったら足がすくんでしまうのか。

ケイがせっかく私のことを好きだと思ってくれているのなら、付き合えばいいんじゃないのか。

そんな自分勝手で打算的なことを考えていたこともあった。


だけど、それは間違っている、と自分に言い聞かせた。


どうしてケイじゃだめなのか。それはとても簡単なことだ。


私はケイに嫌われたくない。

私はケイを傷つけたくない。


だから、ケイとは恋人にはなれない。


「まあ、気長にいきますよ」


自分の考えに沈んでいた私は、ケイの言葉で我に返った。


「もうずいぶん長く待ってるからな。今さらプラス何年されようが、大した違いはないよ」


鼻歌でも歌いそうな気軽さで、ケイはそう言った。


待ってる、って、私を?

私にはそんな価値はないのに。


それなのに、ケイはこんなにも私を一途に思ってくれている。

こんなに優しくしてくれている。



私は隣をのんびりと歩くケイを見た。

霧雨の中、傘を少し後ろへ下げて、夜空を見上げるケイ。


「お、雲の向こうに月があるぞ。今日は満月か」


月が綺麗だな、と心底嬉しそうに微笑んでいる。


ケイといる時間はとても穏やかで、安らぐ。

ケイとずっと一緒にいられたら、きっと私は毎日笑っていられるんだろうな、と思った。


いっそ、君だけを愛せたらいいのに。




【December, 2015】







地下鉄を降りて地上に出ると、夜空に粉雪が舞っていた。


「あ、雪」

「本当だ。初雪だな」

「冬ですねえ」

「冬ですなあ」


寒いと、自然と人のいるほうへと寄っていってしまう。

肩がケイの腕にぶつかって、「あ、ごめん」と見上げたら、ケイがにっと笑った。


「役得だ」


どういう顔をすればいいか分からず、「ばか」と呟いて前を向いた。


鼓動が早いのを自覚する。

頬も赤くなってしまっているような気がしたけれど、雪が降るほどの寒さなら、少しくらい赤くても気候のせいだと思ってもらえるだろうか。


「映画、何時からだっけ」


空気を変えたくて、あまり気にしてもいなかったことを突発的に訊ねた。


「七時半」とケイが答える。


「そっか。いい時間だね」

「そうだな」


二人で映画を見るのは初めてだった。

この前会ったときに、最近公開されて話題になっている映画が気になっているのだと話したら、『じゃあ、一緒に行こうか』と言われた。


男女で映画なんて、いかにもデートという感じがして少し悩んだけれど、

彼氏とは別れたことだし問題ないか、と思って誘いにのった。


「ちょっと早く着いたな」

「あと三十分くらいかな」

「とりあえず何か食うかー」

「そうだね。あ、ビールも飲みたいな」

「お、いいな。金曜だしな」


私たちは売店の前の列に並び、メニューを見ながらあれこれ話し合う。


結局、ホットドッグとフライドポテトとポップコーン、そしてビールを買ってテーブルに腰かけた。


「うん、うまい」

「おいしいね。でも、ちょっと脂っこいかな……」

「あ、それ分かる。最近、揚げ物とかつらくなってきたんだよな」

「アラサーですからね、我々も」

「気分は大学生なんだけどなあ」

「気分だけはね」


そんな話をしているうちにいい時間になったので、私たちはシアターに入った。


ケイの隣の席に腰をおろした瞬間、思わぬ近さにどきりとする。

映画館の座席って、こんなに近かったっけ。


肘が当たりそうで、私は妙に背筋を伸ばして膝に手を置いて座った。


「ミキ、やけに姿勢がいいな」


隣から小さく笑う声がして、反射的に顔をむけると、すぐ近くにケイの瞳があった。


私たちは数えきれないほど何度も行動を共にしてきたけれど、いつも向かい合わせで座っていて、

そういえば、こういうふうにすぐ隣に並んで座るのは初めてだった。


たったそれだけのことで、なぜだかとても居たたまれない気持ちになる。

そのせいか、あんなに観たかった映画だったのに、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。


「なかなか面白かったな」


映画館を出て駅に向かって歩いているとき、ケイがそう言った。

形のいい唇の間から白い息がもれて、夜空へ溶け込んでいった。


「うん、そうだね」


なんとか相づちをうったものの、上の空なことがばれてしまったようで、ケイが怪訝な顔をしている。


「ん? 面白くなかったか?」

「……ごめん。なんか、観てる間ぼうっとしてて、あんまり内容が分からなかった」

「そっか。疲れてるんだな」


ケイがすっと手を伸ばし、「おつかれさん」と頭に手を置いた。

顔が熱い。それに気づかれたくなくて、なにか話題がないかと考えを巡らせて、思い付いたのがカズのことだった。


「カズのフェイスブック、見た?」


自分から話題をふっておいて、口に出した瞬間にまずかったかな、と気づいたけれど、ケイは気にしたふうもなく「見た、見た」と微笑んだ。


「あれだろ、長男誕生! ってやつ」

「そうそう。あのカズが父親かーって叫びそうになったよ」

「まあ、でも、あの写真見てたら、なんか父親の顔してたよな」


そうだね、と私はうなずく。

生まれたばかりの息子を間にして奥さんと写真に写っていたカズは、本当に嬉しそうだった。

奥さんも可愛くてきれいな笑顔をしていて、絵に描いたような幸せ家族。


「にしても、まさかミキのほうからカズの話題ふってくるとはな。少し驚いた」

「うん……たしかに、そうだね」

「あれか、とうとう失恋を乗り越えて、次の恋に目が向いてきたとか」

「へっ?」


声が上ずってしまった。

するとケイが意外そうに目を丸くする。


「え……なんだよ、その反応。もしかして図星? なわけないか」

「う……」

「……まじか」


ケイがくしゃりと自分の髪をかきまわした。


「なに、お前、もしかしてカズのこと吹っ切れた?」


それはよく分からない。

でも、私はここ半年以上の間、ほとんどカズのことを考えなかった。

カズに子供が生まれたことを知っても、思いのほか動揺することもなく、むしろ心から『よかったなあ』の思えた。


吹っ切れるって、そういうことだろうか。


赤ちゃんを抱いたカズの笑顔の写真を思い出す。

きっとカズは私といたらあんなふうに笑うことはなかったような気がする。

そして私も、ケイといるときのような自然で素直な笑顔は浮かべなかったような気がした。


「俺はさ、」


ケイの言葉で我に返る。

目を向けると、彼は気まずそうに視線を逸らした。


「本当は、こういうこと訊くのってみっともないし情けないって思ってるんだけど。でも、どうしても気になるから、訊いてもいいか」


その頬や耳たぶがいつもより少し赤い気がするのは、本当に寒さのせいだろうか。

私は、うん、と頷いた。


「今のミキはさ、カズと俺だったら、どっちが好き?」


心臓が跳ねるのを感じた。

ケイと、カズ。そんなの。


「比べられないよ……。だって、ケイとカズは全然ちがうもん」


だよな、とケイは笑った。


「そうだよな。俺とカズって全然タイプちがうし」

「うん」

「だから、お前も、俺といるときとカズといるときとでは、たぶん全然ちがうんだろうな」


その通りだと思った。

私はカズといるときは嫌われないように、面倒だと思われないように、ということばかり考えて、自分の思い通りに行動することなどなかった。

でも、ケイといるときはちがう。私は何も考えずに、思いのままに話し、笑うことができる。


「これだけは、俺、自信もって言えるんだけど」

「なに?」

「俺と一緒にいるときのミキが、本当のミキだ。素のままで何も飾らずに、自分に正直なミキだ」

「……うん」


ケイはすごい。私のことをなんでも分かってしまうようだ。


「俺はさ、大学時代、カズと一緒にいるミキを何回も見たことがあったけど」

「うん」

「俺の隣にいるときのミキのほうが、もっとずっと可愛い顔してると思ってたよ。カズが知らないミキの魅力的な表情を、俺はたくさん知ってんだぞ、って心の中で思ってた」


馬鹿だよな、とケイは笑った。

やばい、どうしよう、動悸が止まらない。


「でも……ケイといるときの私なんて、愚痴ってばっかりだし……嫌気さすでしょ」

「でもまあ、お前が愚痴言えるのなんて、俺の前だけだろ。だから俺はお前の愚痴を聞かされるのは嬉しいよ。それに、ミキは笑っても怒っても泣いても可愛いからさ」


どきどきしすぎて吐きそうだった。


なんだろう。

ケイってこんなこと真顔で言うキャラだったか?


あまりにもいつもとちがうケイに驚きを隠せず、呆然と見上げていると、彼は恥ずかしそうに片手で顔を覆った。


「やべえ。これ、自分で言っててめっちゃ照れるんだけど」

「……だろうね。聞いてる私でさえめちゃくちゃ恥ずかしいから」


そのまま二人とも無言になってしまい、沈黙が流れる。

でも、気まずくはない。恥ずかしいけど。

ケイといるときの沈黙は、いつでも心地いいのだ。


火照る頬に、冬の夜風が気持ちいい。


「照れくさいついでに、もう一言、恥ずかしいこと言っていいか」


しばらくしてからケイが言った。

これ以上恥ずかしいことって、なんだ。こわいような、でも気になるような。


「色々考えたんだけど、俺はさ、ミキしかだめなんだよな」


へっ、と変な声が出てしまった。

ケイがくすりと笑う。


「お前はずっとカズ一筋って感じだったし、カズが結婚した後も他のやつと付き合ってたし、だから、もう諦めようって何回も思ったんだよ」


どきりとした。

ものすごく勝手なのは分かっているけれど、ケイが私のことを諦めようとしていたと知って、とてもショックだった。

本当に最悪だけど。


「でもさ、やっぱりだめで。俺は、ミキじゃなきゃだめなんだって自覚したんだ」


彼のまっすぐな言葉に胸がえぐられたような気持ちになる。

私じゃなきゃだめ?

どうして、そんなことを言ってくれるの?


「他の女と会っても、喋っても、つまらなくて。気つかうばっかりで、楽しくないんだ。俺が心から楽しいと思うのはミキといるときだけだし、本当に可愛くてたまらないって思うのはミキのことだけなんだよ」


こんなに甘い言葉をもらったのは生まれて初めてだった。


どうして、私じゃなきゃだめなんだろう。

私は普通の平凡な女だし、そんなふうに言ってもらう価値はないと思うんだけど。


でも、嬉しい。

私だけが特別だと言ってもらえるのは、くすぐったくて、ちょっと涙腺が緩んでしまいそうなほど幸せだった。


「……ありがと」


なんとかそれだけ伝えて、私は顔を伏せた。

恥ずかしくてまともに彼の目を見られなかった。


ケイがふっと笑ってから、さらに言葉を続ける。


「ミキが自分を飾らずに、自分に素直になれるのは、俺の前だけだろ? それってつまり、一生一緒にいられるってことだと思うんだよな」


ふわりとした笑顔が私を包んだ。


「だから、安心して俺のところにくればいいと思うんですが、いかがでしょう?」


泣きそうだった。

でも、なんとか笑顔を浮かべる。

泣き笑いの変な顔をしていると思うけど、ケイならそれを馬鹿にしたりしないと分かっていた。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」


ケイがふはっと吹き出した。



ああ、ケイのことが好きだな。

こみあげるように思った。


くしゃりと笑う優しい笑顔も、柔らかい声も、誰より穏やかで温かい心も、ずっとずっと前から、ぜんぶ大好きだった。

こんなに私を大切にして、愛してくれる人は、きっと他にはいない。


もっと、ずっと、君だけを愛したいな。



【October, 2016】







銀杏並木の道を、私たちは二人で並んで歩いていた。


「せっかくの休日だし、たまには散歩でもする?」とケイが言い出したからだ。


付き合い始めて八ヶ月、同棲を始めてから四ヶ月。

私たちは順調に関係を築いていた。


もちろん、たまにはケンカもするけれど。

原因は主に私だ。


私が前から飼っている犬のニケ(メス三歳)があまりにもケイになつきすぎて、ケイもニケのことを溺愛していて、二人があまりにもラブラブなので、私が嫉妬してしまったこととか。


ケイがテレビを凝視していて、何をそんなに必死に見ているのかと思ったらどうやら超美人で可愛い女優さんに釘付けだったようで、私が怒ってしまったこととか。

(ケイは『ただ疲れてぼうっとしてただけで女優を見ていたわけじゃない』って言ってたけど、むかつくものはむかつくのだ。)


そんな紆余曲折がありつつも、私たちは上手くいっていた。



「この道、すごいね。こんなに銀杏がたくさん並んでるの初めて」


隣をゆったりとした速度で歩くケイを見上げて言うと、なぜか彼は自慢げに「だろ?」と笑った。


「こないだ営業の帰りにたまたま通ってさ。綺麗だなと思って、ミキに見せたくなって」


綺麗なものを発見して、私に見せようと思ってくれた。そんな些細なことが、とてつもなく嬉しい。


にやついてしまいそうな頬を押さえながら、『じゃあ私は、この前見つけたコーヒーが美味しい喫茶店にケイを連れていこう』とこっそり決心した。

ケイはコーヒーが大好きなのだ。


「今がいちばん綺麗だね、きっと。全部の葉っぱが真っ黄色になってる」

「葉の数も多いしな。なんかすげえ! って感じだよな」

「ほんと」


一点の染みも色褪せもない、まっさらな黄色の銀杏の葉は、秋の真昼の透き通った日差しを受けると、きらきらと輝いて、黄金色に見えた。


「ねえ、銀杏ってさ、金色なのに、なんで銀って書くのかな」

「そうだなあ、不思議だな。あ、もしかして、銀なんの実のほう言ってるんじゃないか」

「ああ、確かに。銀なんって殻が白いから銀色にも見えるかも」


そんなとりとめのない話をしながら、私たちは黄金色に染まる木々に囲まれた道を行く。


ふいに風が吹いて、梢がさらさらと音を立てたとき、私たちはどちらからともなく足を止め、金色の光を放ちながら揺れる銀杏を見上げた。


その瞬間だった。


『ああ、きっと十年経っても二十年経っても、よぼよぼのおじいちゃんおばあちゃんになっても、私たちはこうやって並んで歩いているんだろうな』


そんな思いが胸に湧き上げてきた。

恥ずかしい思いつきに頬がほてったけれど、ケイは気づいていないから良かった。


「普通に歩いてもつまらないからさ、ちょっとゲームでもやらないか?」


銀杏並木の終わりが見えてきたころ、ケイが唐突にそんなことを言った。

彼がそんな突拍子もないことを言い出すのは珍しくて、これだけ一緒にいても知らないことはあるものだなあ、としみじみ思った。


「うん、いいね。やろう。何のゲーム?」

「お前、あれ知ってるか。じゃんけんして勝ったら、グリコとかパイナップルとか文字数だけ進めるやつ」

「知ってる。わあ、懐かしいなあ」

「だろ? たまには童心に帰って、な」


なんだかわくわくしてきて、さっそくグーをつくって「じゃーんけーん……」と言ったら、ケイに止められた。


「ちょっと待て」

「え?」

「普通にやってもつまらないから、ちょっとルールを変えよう。じゃんけんはやめて、交代に進むことにして」

「ええ、なにそれ」

「で、進む数はチョコレートとかじゃなくて、そうだなあ」


わけが分からず眉をひそめてケイを見ていると、彼はにやりと笑った。


「じゃあ、交代でお互いの好きなところを言って、その文字数だけ進めるってルールにしよう」

「はあ?」

「先に銀杏並木の端までたどり着いたほうが勝ちな。ミキが俺に勝ったら、ごほうびやるぞ」


まったくよく分からない。


しかも、相手の好きなところを言うって。

恥ずかしすぎるんですが。

一体どうしちゃったんですかケイさん。


唖然としている私をよそに、ケイはすっかりゲームモードだ。


「先攻後攻だけじゃんけんで決めよう。はい、じゃんけん、ぽん」


私がグーで、ケイはチョキ。

勝ってしまった。


「さあミキ、俺の好きなところを言って進め」

「え、え~? 恥ずかし……。もう、しょうがないな」


ケイのことはもちろん好きだけど、面と向かってどこが好きかを言うなんて、非常に恥ずかしい。

でも、ケイがいつになくうきうきしてるから、付き合ってやるか。


「まあ……やさしいところ、かな」

「ほう、どうも。じゃ、かわいいところ」


私が進んだ分だけケイも進み、隣に並んだ。


「……これ、言うのも照れるけど、言われるのも照れるね」

「そこがいいんじゃないか」

「えー? へんなの」