答えは見つかった?」


「うん。……まず、サッカーは仲間のため。

あと、監督のため。

監督と話して、自分がしてもらっていることがたくさんあったことに気が付いたんだ。

そうすると一気にさ、この人のためにもがんばりたいって思えたよ」


隣に座る彼女を見ると、ひざから下を軽く前後に振りながらただ嬉しそうに聞いてくれていた。なんだか子どもみたいでかわいい。


「あと、誰かのためにがんばるのも、結局自分の成長とか、新しい気付きとか、自分のためになるんだってことにも気付いた。

これは、君のおかげだよ」


「私?」


 彼女は目を丸くして、ベージュの眼鏡の位置を直した。


「うん。森下さんのためにと思って描き始めたけど、最近じゃ僕が得ているもののほうが多いんじゃないかって思うくらいなんだ」


彼女の方に少しだけ体を向けて小さく頭を下げつつ「ありがとう」と言うと、彼女も礼儀正しく膝を揃えて僕に「こちらこそ」と頭を下げた。

その動作がかわいらしい。


「あの男の子が、これから自分のどんな可能性を見つけていくのか、すごく楽しみだよ。

僕も、あの話を読むまで、ただ皆のためにガムシャラにがんばろうとしていたんだ。


でもそれだけじゃ足りないことを学んで、今では自分の可能性についてしっかり
と考えながら練習していこうと思った。


まだ、それは見つけられていないけどね」


「日比野くんのいいところは、そういうところだね」


「え?」
 首を傾げると、彼女がやわらかく微笑んだ。


「素直なところ。

もし、私の物語を別の誰かが読んだとしても、日比野くんと同じように素直に登場人物に共感して、学んで、実行しようとは思わないんじゃないかな」


 そういう褒められ方をしたことは今までないので、僕は驚いた。


「それはたまたま君の物語が僕にとって共感できるものだったからだと思うけど」


「ううん、たとえ共感できたとしても、なにかに気付いて行動する人はそう多くはないと思う。

日比野くんの素直さってすごく大切な才能だよ」



「あ、ありがとう……」


 僕は照れ臭かったけれど、森下さんがそう言ってくれるならと、素直に納得することにした。




僕のいいところは、素直さ? 

それならせめて、そのよさは失わずにいたい。
そう思った。
その日の部活中、僕は自分の可能性を探していた。


チームのため、仲間のため、監督のため。

そのみんなと喜びを共有したい自分のために、自分にできることはなんだろう。
 


……試合に出るしかない。


スタメンになるために練習をがんばるのではない。

ただ、試合に出ること以外に僕の可能性を見出したとしたら、それは逃げになる。


だから僕は、あくまで選手として、チームに貢献したいと思った。


もうすぐ夏休みに入る。
そこでたくさん練習試合をする機会があるから、まずはそこで少しでも多く試合の経験を積みたい。


そんな思いで、練習に臨んでいた。


また、AチームとBチームのゲーム形式の練習だ。

僕はまだBチーム。ガムシャラにがんばるのではなく、自分のできることを探してそれに集中する。


僕にできることは、なんだろう。自分に、できることは……。



そこで、考えた。僕がディフェンダーを好んでしているのはなぜなのか。

それは、攻めることよりも守ることに、選手としてのやりがいを感じているからだ。



相手の攻めからゴールを守り続けると、いつかはボールを奪い返すチャンスがやってくる。


僕はその瞬間を思い描きながら、ボールと、相手の動きを目で追っていた。
そのとき、グラウンド中央から、Aチームのロングパスが飛んだ。


僕はそれを阻止しようとしたが一歩及ばず、パスを通してしまった。

けれどすぐにそれ以上自由に走らせまいと、相手にピッタリと張り付いて守り続けた。



長い距離を走ったあとなので、息が苦しい。

足がだんだん重たくなってくる。

だが、ここで力を抜けばたちまちドリブルでかわされてしまうと思い、足を動かし続けた。


一瞬、ボールを持っている相手が僕の後ろを見た。

激しい足音が近づいてくる。ものすごいスピードだ。


Aチームの選手が走り込んできているのを感じ、振り返る。



……相良だ!


走り込んでいる彼を味方のディフェンスも追ってはいるが、追いついていない。相良がボールを受け取ろうと僕の方へ走ってくる。


その瞬間、僕の目の前からパスが放たれた。
今までの僕だったら、そこで相良の方へ突っ込んでいたのかもしれない。

しかし、ガムシャラにやっても、技術のない今の僕には相手のボールを奪うことはもちろん、攻撃を止めることさえできない。



僕は、必死に状況を把握することに努めた。


そして、軽やかなトラップでボールを受け止めた相良と、目が合った。


僕は彼の方に勢いよく一歩踏み出す。


相良だったら、こんなとき……。



僕は二歩目を、相良の方ではなく、ゴールのある中央のスペースに踏み出した。




……それと、相良がゴールに向かって短いパスを放ったのは、同時だった。


僕には、Aチームの選手が背後を回り込んでいる姿が見えていたのだ。


そして相良はその味方にパスを出すだろうと、とっさにに判断した。



僕が足を踏み出したことで不意をつかれた相手は、一瞬たじろぐ。


そしてボールを受け取る瞬間、僕のスライディングタックルを受けることになった。


僕の足が、ボールを真正面からとらえる。


はじかれたボールは、相良を追っていた味方の選手に届けられる。


攻守が入れ替わる瞬間だ。
そしてそのまま、今まで守りに戻ってきていた選手が一斉に相手ゴールへと走り出した。

Aチームの選手はまだ守りに戻ってきていない。

パスを出せる選択肢が無数にあった。




……その勢いで、Bチームとしては久しい先制点を奪うことに成功したのだった。


守りは、攻撃の起点。

勢いのある相手の攻撃をうまく止めたとき、チームには一体感が生まれる。



……その瞬間が、僕は好きなのだ。


だから、僕はディフェンダーをしている。


そのことを、感覚的に思い出すことができた瞬間だった。



「ナイスでした、立樹さん!」


ゴール後、僕がパスをつないだBチームの後輩がハイタッチを求めてきた。僕はそれに応える。




パシン、といい音が奏でられた。
「さっきはやられたよ」


 休憩中、相良は笑いながらそう言うと、水を一口飲んだ。


「まぐれかもしれないけど、ああいうプレーををずっとしたいと思ってたんだ」


「怪我治ってからも、毎日朝練がんばってるもんな。

日比野、なんか変わったよ。
焦りがなくなったっていうか、周りがよく見えてるっていうか」


相良は、長い両手を上げて大げさに驚いたような素振りを見せた。


「ようやく体力も持つようになった感じするよ」


僕は、自分が疲れにくくなっていることも感じていた。

「うん。そりゃよかった。
その調子でどんどんいけよ。早く一緒に試合出たいし」



「がんばるよ」


水は僕の喉をすっと通っていき、さっぱりと潤してくれる。


「おい日比野」

 給水ボトルをかごに戻しているところで、遠山監督が声をかけてきた。

「休憩明けから一回Aチームに入ってみい」

「えっ! 本当ですか」

 思いがけない言葉だった。
「嘘なんか言わへんわ。ディフェンダー、樋口と交代な」


「は、はい!」

「やったじゃん、日比野!」




相良が、自分のことのように喜んている。


今まで逃げていた自分が、一歩を踏み出すことができた気がした。
僕が見出した、自分の可能性。

それは、ディフェンスに集中すること。


粘り強く守るなかでも、ガムシャラにならずに相手の動きをよく見る。

そして状況を把握し、チャンスを見つけたら思い切って判断し、相手のボールを奪いにいく。


 あのプレーのあと、監督にAチームに入るように言われたことで、僕がこのチームでやるべきことがはっきりとわかった。



では、男の子が見出した自分の可能性はなんだったのか。


男の子は、夢の中で白鳥の話を聞いてから、自分ができることを考えた。



僕と同じように、選手として。


教頭が言っていた『応援役』に回ってしまっては、それは〝逃げ〞になると考えたのだろうと思う。
夢からさめると、男の子はあることを心に決めてから学校へ向かいました。


そして、大なわとびの練習のとき。男の子は、クラスの仲間に、勇気を出してあることをたのみました。


「ぼくをぬかして、みんながとんでいる様子を見せてくれないかな」


ただがんばるのではなくて、男の子は考えようとしていました。

クラスのために、先生のために自分ができることはなんだろうと。


男の子は、そう考えながらよくみんなを見ました。とんでいる景色と、それはまったく違っていました。


ニージュイチ、ニジュニ、ニージュサン……


次々となわをとんでいくみんな。


やっぱり自分がいたせいで、とべていなかったんだと男の子は心を痛めましたが、今はそんな場合じゃないと、引っかかってしまう理由をさがしました。


タァン、タァン、タァン。


男の子の目は、とんでいる友だちから、なわに向けられるようになりました。しなりながら回るそれをじっと見て、音を聞きました。


そして、気がつくのでした。


なわが、ゆかにバウンドしてるんだ。


みんながなわに引っかかっているとき、必ずなわがゆかに当たって小さくはね上がっていました。

誰かのための物語

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