監督はちょっと驚いた顔になり、少し考えてから僕の方をまっすぐに見て答えた。

「お前らと、喜びを共有するためや」


「喜びを、共有するため……」
 
監督は、僕にボールを投げてよこした。


それをキャッチし、脇に抱える。


「サッカーは、キツいスポーツや。

それに、シンプルだからこそ難しい。

強敵から一点を奪うことはそう簡単やない。


そのためにはそいつら以上に練習せなあかん。


吐くような思いをするかもわからん。

でもな、だから部員全員の力でゴールを決めたとき、 勝ったとき、喜びは大きいんや」
 


そう言う監督の表情は、晴れ晴れとしていた。

対する僕は、真剣に監督の言葉を聞いていた。


監督が言った言葉の意味を、考えていた。



「人数の分、その喜びは倍増する。それまでの努力が報われる瞬間や」
 


僕は、試合に勝ったときの経験を思い返していた。


確かに、そこに仲間がいなければ、嬉しさはそこまで大きくないかもしれない。



「その喜びを、お前らと共有したい。だから俺は、お前らのために俺にできることは なんでもする」
 

僕は、監督が今まで僕ら部員のためにしてくれたことを思い返してみた。
 


思えば、毎日部活の最初から最後までいてくれるのは監督くらいだった。自分の仕事は、練習が終わったあとにしているのだろう。
 


テーピングや、マッサージなどのトレーナーの役割も担ってくれている。


合宿の前には、より多くの強豪と練習試合ができるように何度も頼み込んでくれた。


正月には、 部員全員にお雑煮を振る舞ってくれたこともある。
 
数え切れなかった。


監督には本当にお世話になっているということに今さら気付く。


僕みたいな補欠部員のためにも、練習を見てくれ、アドバイスをしてくれた。 「お前らのためになにかをやる分だけ、喜びは大きくなる。

つまり、お前らのためと か言うとるけどな、つまりは自分のためやねん。

お前らと喜びを共有したいっていう、

自分の目標のためにがんばっとるわけや」



 
監督は、そう言い終わると、グローブを片づけて、


「じゃ、ごきげんよう」と言ってグラウンドをあとにした。