「あ。ゾンビがいる」


 お腹をいっぱいにして二人で後部座席に並んで座り、背もたれを限界まで倒していると、車の横を通り過ぎていくゾンビを常盤さんが見つけた。


白いぴったりとした服はナースだが、良頬に大きな傷を作り、目を黒く縁取った顔はまぎれもなくゾンビだ。


「ハロウィン、近いからね」


「歌舞伎町なんてすごかったよ、メイドさんもプーさんもウルトラマンもいた」


「うちの店も仮装イベントとかやればいいのに」


「何かコスプレしたいの?」


「いや別に。でもメイド服はちょっと着てみたいな、似合ううちに」


 デジタル時計が1:59から2:00に変わった。外国人野球選手の話をするマニアックなラジオ番組はフェードアウトして終わり、関西発バンドの突き抜けたテンションの番組へとバトンタッチする。


「常盤さん」


「何」


「あたし、ほんとに占い師なんてものになれるのかな。いっぺんもちゃんとした会社に勤めたことないし、来年三十路だけどずっと風俗しかやってないし。こんなんで、ちゃんと生きていけるのかな」


 返事の代わりに、手が温かなぬくもりに包まれる。あたしのよりひとまわりもふたまわりも大きい、深爪の手。


「心配したって、しゃーないよ」


「しゃーないね」


「景気づけに、仕事終わったらウナギ食べに行こうか」


「土用の丑の日にウナギを食べようなんていうのは、江戸時代に当時リスペクトされてた平賀源内さんが発案したマーケティングで、それで運が良くなるとかそういうのじゃないんだよ。つーか今日、丑の日じゃない」


 スマホを取り出し、土用もその日の九星も十干十二支も全部載っているカレンダーのアプリを確認すると、今日は午の日だった。


「今日は日付変わって午の日だ。土用の午の日」


「じゃ、馬刺し食べに行こうか。歌舞伎町の奥の、二十四時間営業の居酒屋にあったはず」


 軽く笑いながらあたしはスマホを仕舞い、ラジオから漏れてくるハイテンションの声に耳を傾ける。