楽しげに会話を始めた二人の横をすり抜け、遥に「先行っとくね」と声をかける。

そのとき、視界の端に彼方くんの顔がちらりとうつった。

彼方くんは目を丸くして不思議そうに首をかしげていた。


無視して、すたすたと歩いてトイレに向かう。

遥の声が聞こえなくなったところで、少し足を緩めた。


ふっと息を吐き出す。


つらい。苦しい。

本当は彼方くんの顔が見たかった。

彼方くんと話がしたかった。


夏休みの間は毎日会っていたのに、始業式の日から一度も顔を合わせていなかった。

でもそれは、私が彼と鉢合わせにならないようにしていたからだ。


部活のときは美術室ではなく、窓のない美術準備室で絵を描くようにしていたし、

校内でも彼と会ってしまいそうな場所はなるべく通らないようにしていた。

数学の授業のときは始まりのチャイムぎりぎりに教室に入り、終わりの挨拶と同時に教室を出た。

すれ違いかけたら別の道を使ったり、顔を背けたり、とにかく彼と目が合わないように細心の注意を払っていたのだ。


でも、いつまでもそんなことで彼を避けるのは不可能だ。

英語と数学の授業では必ず会うことになるのだし、いつまでも視線を逸らすのは不自然だと思われるだろう。


そんなことは分かっていた。

けれど、どうすればいいか分からなかったのだ。

彼方くんへの想いを隠さないといけない、と思うと、彼の顔を見ることさえ怖くなってしまった。