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教科書とノートを持った左手の掌が、じっとりと汗ばんでいる。
足に力が入らない感じがして、なかなか廊下を前に進めない。
でも、すぐA組の教室に着いてしまった。
ドアをゆっくりと開く。
中には、顔は知っているけれど話したことはない人たちがたくさんいた。
同じ学校の、同じ作りの教室のはずなのに、他のクラスの教室は、どうしてこんなによそよそしい感じがするんだろう。
黒板に貼られた座席表を見て、自分の席に座る。
仲の良い子が誰もいないので、居心地が悪かった。
それでも、無意識に教室の中に視線を走らせる。
また彼方くんの姿を探してしまっている自分に呆れた。
彼は教室にはいなかった。
そのことに少しほっとしたのも束の間、私の目は前のドアに吸い寄せられる。
彼方くんが中に入ってきた。
勝手に心臓がそわそわと落ち着きをなくす。
もういやだ、こんな身体。こんな心臓。
まったく私の思い通りになってくれない。
私は不自然にならないようにそっと彼から視線を外した。
本当に自分に嫌気が差す。
彼方くんのことは見ないようにしよう、とあんなに強く決心したのに、私の目は、いつだって彼の姿を見つけてしまう。