「やっぱり、……僕、おまえと年とりたかったよ」

渡が笑ったような気配がした。


―――――恒はいちいち気持ち悪いんだよ。泣くな。


涙が、……いつのまにか出なくなっていた涙が溢れた。後から後からこぼれた。
そうして僕は路上に立ち尽くし、子どものように泣きだした。


―――――またな、恒。


「うん、またな、……渡」

しゃくりあげながら、僕は渡に言った。

「いつか、また会おうな」

例えば、僕の命が終わる時に、おまえが迎えにきてくれたら嬉しい。

背後の声は聞こえなくなり、僕は空を見上げ強く奥歯を噛みしめた。
ぎゅうと目をつぶると、目尻から大粒の涙がまだまだあふれ出た。

渡と会えた。二十五年ぶりに会えた。
こんなのは、自己満足でしかないのかもしれない。それでも、僕は鮮やかな夕日の中で確かに渡を見たし、たった今、その声を聞いた。
二十五年を一瞬で駆け抜けた。

僕はようやくひとつ何かを抜けたのだ。
例えば暗い影の中、日向を横に見るだけだった日々を終え、陽射の下に出たのだ。

涙はいつまでも流れ続け、いつしか日は落ち、空は濃い青に姿を変えていた。








僕の話はこれで終わり。

僕と渡は二〇〇一年の夏に出会い、仲良くなり、別れた。本当にただそれだけの記録。

ねえ、僕の奥さん。
きみはこの記録をどう思うだろう。きみに伝えたいことは余すところなく書いたつもりだ。嫌な気持ちになったかい?何も言わなかった僕とお義母さんを責めたいかな。
でも、きみには兄と弟がいたんだ。ふたりとも死んでしまった。その弟は僕の親友だったんだ。

僕らはあと何年生きるだろう。十年、二十年?もっとかもしれない。その間に何を見るだろう。子どもたちの独立と結婚、孫を抱くこともあるだろう。愛する人たちを見送るかもしれないね。

それでも、僕ときみは生きていく。
渡の分まで、なんて偉そうなことは言わない。ただ、毎日をきみと並んでひたすらに生きる。こうして渡のいない世界を生き続けることが、もしかすると彼への一番の手向けになるような気がしているよ。


いつか渡と会えたら、話したいことがたくさんあるんだ。
彼のいなかった二十五年間分の思い出と、この先のこと。

まだかかりそうだから、渡には待っていてもらおうと思う。
そして、どうかその時は、深空。
横で僕らの昔話を聞いていて。


僕は思いだす。
二〇〇一年の夏、僕たちの一生分の夏。

十九歳の僕たちは今でもあの場所にいる。

あてのない空の心地良さを、馬鹿馬鹿しく二人笑いながら、きっと自転車を漕いでいる。
海へ向かって。



<了>






『僕らの空は群青色』を最後までお読みいただきありがとうございます。
砂川雨路です。
野いちご、ベリーズカフェでは初めての青春・友情ジャンルでの投稿、少しドキドキしています。

主人公の成長を根幹に、少し重めのお話にさせていただきました。
罪を犯した人間の贖罪と、彼を光の中に連れ出したい人間のお話です。

前を向いて生きていく。言葉にすれば簡単ですが、ものすごく観念的ですよね。
でも、そんなテーマで書いてみました。

チャレンジできたことを嬉しく思います。

次は明るいお話でお会いしましょう。



2016.8.28 砂川雨路






大学一年生の白井恒は図書館で不愛想な青年・遠坂渡と出会い、なかば強引に友情を結ぶ。他人と打ち解けない渡と少しずつ親しくなる恒だが、ある時、不思議な少女の声を聞くようになる。渡に三年も意識が戻らない義姉・深空がいると知り、声の主が彼女ではないかと思いながら、恒は眠る彼女に惹かれていく。
やがて恒は渡に深空を殺そうとした過去を打ち明けられる。渡にとって死にゆく深空は罪の象徴であり、初恋の相手。恒は深空に惹かれる自分を感じながら、渡のためにも彼女が目覚めることを願うようになる。
しかし、深空の兄の手により、渡は贖罪を果たせないまま死んでしまう。
残された恒は、意識が回復した深空に寄り添い、渡の代わりに彼女を守ることを決意。
時は流れ、恒は自分の娘の中に、渡の影を見る。友の命は失われたけれど、彼の欠片を次につなげられた。渡と自分が出会ったことには意味があったのだと、恒は親友と過ごしたひと夏を思い出す。(398字)


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