「……なんで私、ここにいるんだろ」



ぼそ、と呟いたひとり言に返事など帰ってくるわけもなく、微かな風に流されていくだけ。



そのまま行くあてもなくただふらふらと歩き続け、気づけば家から大分離れた住宅街の片隅まできていた。

片側一車線の小さな道路沿いの歩道を歩いていると、そこから横断歩道をはさんだ先の歩道に一匹の猫が見えた。



猫……野良猫かな?

明るい茶色にトラ模様が入った猫。けれどよく見てみれば、その首には赤い首輪がついている。

首輪、ってことは飼い猫か。こんな時間にウロウロしてるなんて、散歩なのか迷子なのか……。



そう考えながらその猫を見ていると、猫は私を見つけてゆらりとしっぽを揺らした。

そして引き寄せられるかのように、横断歩道をわたりこちらに歩いてくる。



頭上の信号は車道が赤で歩行者が青。すごい、猫なのに人間みたいだ。

少し感心しながら、道路を渡る猫を見つめていると、車道の先からは車の音とライトが近づいてきた。



「あっ……!」



走ってくる車はひと気の少ない夜道だからと油断しているのだろうか、赤信号だということも構わず、猛スピードで向かってくる。

きっと猫に気づいていないのだろう、スピードを緩める気配は全くない。



大きなエンジン音と自分に向かってくる車の勢いに、猫は驚いたのか、ピタッと足を止めてしまった。



そういえば、猫は車がくると動きが止まってしまうことがあるって聞いた。

例え人間だって、あんな勢いで来られたらきっと驚いて固まってしまうだろう。



けど、あのままじゃ轢かれちゃう……!

『危ない』、咄嗟に込み上げる思いのまま、気付けば私は道路へと駆け出していた。


その瞬間から、世界は一気にスローモーションに感じられた。