「それは俺も同じだよ。なぎさがいなくなったら寂しい。一方的な願いかもしれないけど……一度はそこから逃げたって、他の道を探してでも生きてほしいって願ってる」



悲しくともつらくとも、迷おうとも、一度はそこから逃げたって。生きていてほしいって、思ってる。

言い聞かせるように、膝にのせられていた新太の手は、私の手をそっと握った。



その大きな手が、私の手を包み込んでしまう。

少し汗ばんだ、けれど確かな、彼の体温が愛しい。



「なぎさはさ、大きな海で一回溺れちゃったんだと思うよ」

「海?」

「そう。一回溺れると水に顔付けるのも怖くなっちゃうじゃない?けどさ、少しずつゆっくり顔付けて、もぐって、ひとつひとつをこなしていくうちにまた泳ぎ出せるんだよ」



大きな海は、長い人生。

泳いだ距離は、過ごしていく日々。

そんな中で、私は一度溺れてしまって、再び泳ぎだすことを恐れてしまった。



「皆が皆、同じじゃない。波にのまれてもすいすい泳げる人もいれば、もちろん溺れてしまう人もいる。溺れながらもがいて、そんな人を笑ったり、急かしたりするより、息継ぎひとつを喜べる人間でいたい」