「でも、俺となぎさが向き合って話すきっかけを、トラがくれたんだろうね」
「え?」
「さっきなぎさが言ってた、『なんでダメなのか』ってこと。なぎさに伝えたくて、でもどう切り出したらいいのか、今日一日考えてた」
『教えてよ』
その言葉に対する答えを、どう私に伝えるのか、考えてくれていた?
目を丸くした私を、新太は真っ直ぐに見つめてうなずく。
「ある人からの受け売りなんだけどさ、生きてい理由なんてこれから見つけていけばいいんだよ」
「え……?」
「今はなにもなくても、これからの長い人生の中で、いろんな人やものと出会って、いつか『このために生きてきたんだ』って、思えたらいいと思う」
静かな待合室の中、迷いも躊躇いもない新太の言葉だけが響く。
「けど今、その胸にひとつ覚えておいてほしいことがある」
「覚えておいてほしいこと?」
「なぎさには、なぎさを生んで育ててくれた両親がいる。ふたりも、ちゃんとなぎさを思ってる。たとえ今は敵ばかり見えていても、長い人生にはそれ以上の味方が待ってる」
私を生んで、育ててくれた両親が思ってくれている。
この世界にいるのは敵だけじゃない。
これから先の世界には、沢山の味方が待っている。
そんな、なんの証拠もない言葉。
だけど新太が口にするだけで、不思議とひとつひとつに小さな希望が感じられた。
「その人たちは、さっきなぎさがトラに思ったことと同じように、なぎさのことを思ってる。生きてほしいって思ってるよ」
さっき私が、トラに抱いた思いのように。
『死んじゃ、いやだぁっ……!!』
失いたくない。生きていてほしい。
失うかもしれないと思ったら、ひどく悲しくて寂しくて、涙があふれた。
そう、思ってる。願ってる。