なんなの。
普段は仕事ばかりで、私のことなんて気にも留めなかったくせに。
今更、親気取りで、悩んだフリ?
そうやって言えば、また大人しく、『普通の子』に戻れるって期待でもしてるの?
あぁ、もういやだ。
苦しい。呼吸がうまくできない。
頭をぐしゃぐしゃとかいて、ベッドの上で小さくうずくまる。叫びだしそうになるのをこらえるようにそのまま動きを止めた。
そして、ふたりがリビングに入り廊下から完全に人の気配が消えた頃、私はふと思った。
……ここから、出よう。
この息苦しい世界から、今すぐ、去ろう。
衝動とは恐ろしいもので、その思いに突き動かされるようにベッドから降りた。
そして私は黒のパーカーとデニムという姿で、財布だけを手に部屋を出る。
リビングにいるふたりには見つからないように、ひっそりと気配を消して。
真っ暗な玄関で、夏前に買ったにも関わらずまだ真新しいままのスニーカーに足を通す。
『さよなら』、心の中でそう小さく呟くと、声の代わりに玄関のドアの音がガチャンとかすかに響いた。