「なぎさはまだ戻れるから。深津先生も、なぎさのお母さんも、ふたりともなぎさの帰りを待ってる。だから一度ちゃんと帰って、向き合って、話し合ってごらん」
「……戻れる、かな」
「うん、今ならまだ大丈夫。時間があくと、戻れるものも戻れなくなる。つまらない意地とか、できた溝とか、いろんなものに遮られてしまうから」
それは、『自分はもう戻れないけど』と遠回しに言っている気がした。
大切な友達と、笑えていたあの頃には、戻れない。
だけど、今でも自分を思ってくれている人たちのもとで、本音を伝え合って生きていくことはできる。
まだ、戻れる場所がある。
だから新太は、『ここにいたい』と望んだ私を、頑なに拒んだんだ。
邪魔だとか迷惑だとかじゃなくて、私のために。
「……明日が終わって帰る時、この前の花の中からひとつだけちょうだい」
「え?一種類でいいの?いろいろあるけど」
「うん。ひとつだけでいいから、新太が選んで」
新太が選んでくれた花、それひとつでいい。その花を、新太との思い出とともに連れて帰ろう。
上手く育てられるかは分からない。だけど、やってみるんだ。
「ねぇ、新太。家に戻ってからも、たまに遊びに来てもいい?」
「……うん。いつでもおいで、待ってる」
私の問いかけに、新太は静かに頷いてくれる。
けれど微かに見えたその横顏は、いつもの笑顔とはどこか悲しげで、この胸に違和感を与えた。
だけどそれでも私は、あの家で、新太とトラとともに過ごせる未来を疑うことなく信じていた。