犬飼さんはわざとらしい笑顔で、それは決してひとの不幸を笑ってるわけではないだろうけど、わたしの身に起こったことを非日常の出来事として面白がってるようなその顔にどうしても不快感がこみ上げてくる。


 犬飼さんが言ってるのは、一学期の終わりから二学期の初めにかけて起こった、一連の盗難事件のことだ。わたしのものばっかりが、立て続けになくなった。最初は上履き、次はリコーダー、そして食べ終わった後のお弁当箱、使用澄みのスクール水着に体操着。


 最初はいじめられてるのか、誰かがわたしに悪意を向けているんじゃないかって、ぞっとした。大丈夫? て心配して声をかけてくれるみんなの優しささえ、実はこの人がって疑ってしまうほどに。でも、みんなもわたしも、すぐに気づいた。犯人はきっと男子。悪意じゃなくてべとっと粘つくようなおぞましい好意が、彼を盗みに駆り立てているのだと。


 吐き気を催すような恐ろしいことだった。なくなった上履きやリコーダーがその後どうなったかなんて、想像したくないのについしてしまう。好きという気持ちがエッチなものと結びつく、それはそういうものなんだなぁと納得はできても、理解はできない。性欲の意味すらよくまだよくわからないのに、そういう欲の対象にされるなんて、怖すぎる。


 だけどなぜか二学期が始まってしばらくして被害はぱったり止まって、あれだけ心配していたお母さんも友だちもほっとしてくれて、わたしすら事件のことを忘れかけていた頃なのに、なのになんで嫌なことをわざわざ思い出させようとするの、犬飼さん。


「見つかってないよ。見つかってたら、HRとかで報告するでしょ、先生も」


 きつめの口調で言ったつもりだけど、犬飼さんはちっともめげない。


「そっかー、早く見つかるといいね。でも、ちょっとすごいな。そんなことされるのって、近江さんがそれだけ好かれてるってことじゃん」

「そんな好かれ方しても、嬉しくないよ」

「ちょっとは喜びなよ、近江さんかわいいんだし。自分じゃ気づいてないかもだけど」


 喜びなよ? そんなこと、無責任に言わないで。かわいいって、お世辞のつもりなの?


 一人が寂しいのはわかるけど、出す話題がそれぐらいしか思いつかないんなら話しかけないでほしい。


 希重―、と潮美の声がして、わたしと犬飼さんは同時にそっちを向いた。三人ともこわばった顔でこっちを見ていて、潮美が素早く手招きする。じゃあね、と愛想笑いを添えて犬飼さんに言うと、うんまたねっ、と犬飼さんは痛々しい満面の笑みを見せてくれた。


「大丈夫だった?」


 席に戻るなり、心配顔の潮美にそう言われた。小さく頷くと潮美がさっと顔を寄せてきて、ひそめた声で、でもちょっときつい口調で言う。