「……、あ」
すうっと息を吸い込むと、むせ返るような緑の匂いに混じって、湿っぽさが鼻を通っていく。
梅雨が待ち構えているというのに、やっぱり夏はせっかちだ。
また、この季節がやってきた。
ふとした瞬間に、あの夏を思い出す季節が。
「……あーあ」
いつまでもこの町で待っているなんて、馬鹿みたいだと思う。
それでも、あの夏を忘れることが出来なくて。
ほんの少しの希望を捨て切れずにいる。
連絡を取ろうと思えば、いつだって取れた。
トシちゃんに住所を聞くことは出来たわけだし、今は携帯電話もあるわけだし。
そうしなかったのは、怖かったから。
忘れられているということを知るのが、怖かったから。
向こうで元気にしているなら、それでいい。
楽しく暮らしているなら、それでいい。
だけど、それを知ってしまったら、自分が傷付きそうで怖かった。