そう思いながら、原稿用紙に向き直り、今度こそ文字を書き始める。あらすじを書いて、一言感想を書いて、またあらすじを書いて。
柊は、視界の端で段ボールを積み上げていた。
「俊彦、これはどこに置いたらいい?」
「あー、それはあっち。適当でいいから」
「分かった」
「あと、段ボールに何を入れたか、ちゃんと書いとけよ」
「分かってる」
ちりん、風鈴の音がする。
扇風機は一定の速度で首ふりしている。
セミは遠くで泣き止んだ。
――柊は、引っ越しの準備をしているらしい。
それなのにまだ、現実味がない。
当たり前の日常が、まだ続いていくような気がしてならない。
柊がいなくなるっていう実感が、まるで湧かない。
「何これ」
「わっ」
ぼーっとしていたら、耳元で声が聞こえた。
驚いてそっちを見たら、柊があたしの手元にある原稿用紙を覗き込んでいて。
「面白かったです、悲しかったです、良かったです……」
「わーわーわー! 読み上げんといてよ!」
慌てて腕で隠したけど、もう柊は全部読んでしまったみたいで、全然意味がなかった。
「みどり、これ以外に感想書けないわけ?」
「無理っす」
「小学生でもここまでひどいの書かないだろ」
「うっ」
呆れたように柊は呟いて、溜め息を吐く。