そう。
だからあたしは、トシちゃんちで勉強してくるから、と言って口煩いお母さんから逃げてきた。
そして、この家の客間に居座っているのだ。
「とにかく、何か一つくらい終わらせて帰れよ。何も終わってなかったら俺まで怒られるんやからな」
「え」
トシちゃんがお母さんに怒られる、だと?
それはそれで、見てみたい気もする。
「お前、わざと何もせずに帰ろうとか思ってんじゃねーだろーな」
「いだだだっ!」
そんな邪な考えを見抜いたトシちゃんは、容赦なくあたしの両頬を抓る。地味に痛い。絶対に赤くなったよー、女の子に何をするんだ、まったく。
抓られた頬をさすりながら、キッと睨み上げてみるけど、図星だったから何も言えなかった。
煙草をふかし始めたトシちゃんを横目に、大人しく原稿用紙と向き合う。
近くに放り出していた文庫本を手に取って、ぺらぺらと捲ってみる。
でも結局、あらすじと解説だけを読んで、ぱたりと閉じた。
「やっぱ無理ー……」
「あらすじで半分くらい埋めれば?」
「それ絶対怒られるもーん……」
「へえ」
くっそう、他人事だと思いやがって。
呑気なトシちゃんをじっとりと見つめて、でもそんなことをしても状況は何も変わらないと思って、でも何かをする気にはなれなくて。