「柊、何か言った?」
リボンのヘアゴムを付けた由香を、達郎はどんな目で見ていたと思う?
「あー……」
言うべきか、言わないべきか。
迷いながら曖昧に言葉を濁していると。
「しゅー、ゆかーっ! お待たせー!」
後ろで大声が聞こえた。振り向けば案の定、両手でジョウロを持ったみどりが、こっちに向かってきているところで。
「ちょ、みど、ジョウロよりホースのほうが効率いいって!」
「あっ、そういえばそうやったね!」
その後ろから、ホースを持って達郎も駆け寄ってきた。
「みど、ありがと」
「どういたしましてー!」
「由香、蛇口捻ってくれやん? 俺はホース持って行くでさ」
「うん、分かった」
達郎に頷いて、駆け出した由香。
「……」
まあ、別に言わなくてもいいか。由香なら、そのうち気付くだろう。
「つっかれたー!」
みどりが両手で持っていたジョウロを置くと、なみなみいっぱいに入っていた水が、ぴちゃんと跳ねた。
「お、柊がちゃんと草抜きしとるー!」
「……半分は由香が抜いたやつだけどな」
抜いた雑草を積み上げたものを見て、目を輝かせるみどり。
「みど、先にジョウロの水やって。それからホースで水やるから」
「ういー」
後からやって来た達郎の指示で、みどりは再び両手でジョウロを持ち上げる。
水道に着いたらしい由香の声。みどりのジョウロから降り注ぐ水。徐々に濃くなっていく土の色。
こんな何気ない日常を、必死で頭に焼き付けようとしている自分がいることに苦笑いしながら、再び鳴き始めたセミの声に耳を傾けた。