――母親の顔は覚えていない。

もともと病弱だったらしく、俺が生まれて間もない頃に他界した。

父親はあんなやつだけど、男手ひとつで育ててくれた。



提灯の明かりが一斉に灯る。

人々はざわめきを取り戻し、紺色の空には花火の名残として、煙が漂っていた。


「……うん」


ゆっくりと頷けば、隣でみどりが大きく息を吸う。


「そっかー……」


絞り出すように、たったそれだけを言って、空を仰ぐ。


「パパさんの都合で引っ越して来たって言っとったのは……」

「うん。森ヶ山線の工事に関わってるらしい」

「この町の活性化に繋がるお仕事って、そういうことやったんやね」


ぱしゃぱしゃと、青い水ヨーヨーが跳ねた。




『柊、俊彦の家に引っ越そう』


そう言われたのは、五月の初め。

突拍子もないのはいつものことだけど、理解するのに時間がかかった。


『……は?』

『仕事の都合で、俊彦が住んでるところの近くに、三ヶ月くらい行くことになったんだよねー』

『……』

『ちょっとの間、転校することになるけど大丈夫か?』


俺の顔を覗き込むようにして、首を傾げた父親。

大丈夫も何も、俺の親は一人なのに。付いて行かないっていう選択肢は、最初から用意されていないだろう。


だから、何でも無い顔をしてこう言ったんだ。



『三ヶ月くらいなら、別に大丈夫だし』