すぐに逸らそうとした柊の学ランの袖を、咄嗟に掴む。それは無意識だったみたいで、自分でも驚いた。でも、そんなことよりも。
「言いたいことあるなら、はっきり言ってよ」
ちらちら見られましても、あたしエスパーじゃないし、と心の中で補足する。
柊は驚いたように目を見開いていたけど、しばらく呆然としたあと、ゆっくり口を開いた。
「……笑うつもりはなかったんだけど」
「うん」
心の準備をして次に発せられる言葉に構える。さあ、どんとこい。
「……初対面でいきなり呼び捨てにされたの、初めてだったから」
「うん」
………………うん……?
勢いで頷いたは良かったものの、じわりじわりとハテナが浮かんでいく。
「……初めて?」
聞き返すと、柊は黙ったまま頷いた。
「じゃあみんな、最初は何て呼ぶん?」
「大体、名字で」
「ほう……」
名字で呼び合うのは、ドラマとか漫画とかで見たことあるし、なんとなく分かる。
でも、あたしの周りの人たちは名字なんかで呼ばない。先生でさえ、みんな名前で呼んでくる。
だから、柊の言ってることは違う世界の話みたいだった。遠い遠い、現実味のない世界。世の中ではそれが普通なんだろうけど、あたしには関係ないことのように思えた。
結局、そこから話は膨らまず、あたしはまた麦茶のおかわりをして時間を潰した。
「……なに、この空気」
トシちゃんが戻って来るなり、そう呟くのも頷ける。とりあえず助かった、と息を吐く。
すると。
「ほんと、なんか空気おかしくない?」
「っていうか、知らん人おるで」
「え、どこどこ?」
「ほら」
トシちゃんの背後から、見慣れた顔がふたつ現れた。