こわい、と私は呟いた。



生まれ育った土地から離れて、たった二人きりで生きていく。



ずっと憧れていたはずなのに、唐突にこわくなった。


新しい土地は真っ赤な恐ろしいものに溢れているのかもしれない。


そこで私たちはちゃんと生きていけるのだろうか。



こわいよ、リク。

かえりたいよ、リク。

あの部屋に、かえりたい。



リクは小さく笑って私の頭をなでる。



「あいかわらず怖がりだな、ウミは。小さい頃と変わらない」


「だって、知らないものは、こわいもの。私のものじゃないものは、こわいもの」


「じゃあ、また、名前をつけよう。新しいところに行ったら、また名前をつけよう。そしたらそこはもうウミのものだろう?」


「………うん」



リクは優しく微笑み、コートのポケットに手を差し込んだ。


モスグリーンの布地の隙間から顔を出したのは、鮮やかな真紅の林檎。



かじりつくと、唇の端から果汁がこぼれた。


リクの手がすっと伸びてきて、人差し指と親指が私の唇をなぞる。



「………もう、帰れない」



その指についた甘い果汁を真っ赤な舌で舐めとり、リクがぽつりと言った。



「ウミ、もう二度と、もとには戻れないんだよ………僕たちは。知恵の実を食べてしまったから。知ってしまったから………」