「………うん、行こうか」



リクが優しい声で私の耳許に囁く。


それだけで私の心も身体もとろとろにほどけて、悲しいことも嫌なことも、全部どこかにいってしまった。


私の目に映るのは、もう、リクだけ。

私の頭の中にあるのは、もう、美しい楽園の空想だけ。


他のものは何ひとつ見えないし、他のことはもう何も考えられない。



「エデンに行こう。今度こそ、ほんもののエデンに」



私はリクにしがみつきながら言った。


リクは私を抱き上げ、



「そうだ、ほんもののエデンに行くんだよ」



と微笑んだ。



「誰にも見つからないくらい遠い楽園だ。生命の樹と果樹が生い茂る、夢のように美しい楽園だ」


「うん、素敵」



私たちは駅に行き、適当な切符を買って、いちばん人の少ない適当な電車に乗った。


二人並んで座る。


窓の外を見ているリクの肩に頭をのせて、私は目を閉じる。



「ねえ、リク。楽園はどこにあるの?」



リクは頬杖をついて微笑みながら、「そうだなあ」と呟く。



「黒い黒い海を越えて、白い白い靄を越えて、そしたら、赤い赤い蜃気楼が見えるんだ」


「うん」


「その向こうに、ほんもののエデンはあるんだよ」


「うん。きっとそうだね」



目を閉じて思い描く、真っ黒な海と真っ白な靄と、そして真っ赤な蜃気楼。