この部屋に名前をつけよう、と言い出したのは私だった。



リクは意表を突かれたように目を丸くした。


その顔があまりに可愛かったので、私は抱きついてリクの頬にキスをした。



部屋に名前って、やっぱりウミは変なことばかり言うなあ、とリクは小さく笑って、私の頭を撫でた。



でも、お気に入りのものには何でも名前をつけるというのが私の信条なのだ。


中一の頃から使い続けているとても書きやすいボールペンは『ルナ』だし、

十歳の時に縫った巾着袋は『ヨシ子』だし、

駅前の大通りに植えられた街路樹たちは『黒木家の一族』だし、

近くの公園の古びたブランコは『ハレルヤ』と呼んでいる。



だから、やっとのことで手にいれたこの部屋にも、名前をつけなくてはならないのだ。


名付けて自分のものにしないと、大事なものも大切なものも、いつの間にか指の間をすり抜けて、どこかに行ってしまうような気がする。



ねえリク、名前をつけて。

私たちのこの部屋に。



両手を合わせてお願いすると、リクは微笑んで、分かった考えておくよ、と言った。


私は唇をとがらせてみせる。


リクはマイペースなんだから、そんな悠長なことを言ってると、いつまで経っても考えてくれないでしょ。

今すぐ名前をつけて。



一刻も早く、本当の意味でこの部屋を私たちの部屋にしなくちゃ。



私の焦りをよそにリクは、ウミはせっかちだなあ、と呑気に笑って、でもすぐに考える顔つきになった。