わかってる、彼が酷い男だってことくらい。

わかってる、自分のしていることが世間的には許されないってことくらい。


でも、あなたにはわからないわ、と私は内心で蔑んだ。

にせものの恋しかしたことがないあなたにはわからないわ、と。


皆、退屈と孤独を紛らわすための相手を、消去法で探しているだけだ。

身近にいる人間の中で、手の届く範囲内で、自分の恋愛対象になりうる性別・年齢・容姿の者に狙いを定め、自分に好意をもつかどうかを見極め、条件に合えば行動にうつす。

それだけ。


―――私は、ちがう。

そんな、低俗で陳腐な恋ではない。


彼は、手の届かない場所にいる人だった。

出会ったとき、彼はすでに他の女のもので、私は彼を欲することさえ許されなかった。


でも、私は………彼が欲しくて、欲しくて、欲しくてたまらなかった。

どうしても彼が欲しかった。

彼に触れたかったし、触れられたかった。


彼以外は目に入らなくて、私の世界には彼しか存在しなくなった。

迷惑がられたって、突き放されたって、振り向いてもくれなくたって、私は盲目的に彼を追いかけつづけた。


やっとのことで、彼が呆れたように微笑んで、諦めたように触れてくれたとき、

私の世界は一瞬にして極彩色に輝きはじめた。


やっと私の人生が始まった、と思った。

これまでの人生はただの胎児期で、これからが私の本当の人生だと。