「あと、ごめん。実は俺、少しだけ話を立ち聞きしててさ。ホントはもう少し早く助けに入れたんだけど」

「うあ、ひどい」


唇を少し尖らせてみせる。
とはいえ、本心からそう思ってるわけじゃない。
そんな私にクスリと笑って、穂積くんは続けた。


「でもお蔭で、疑問が解けたから許して。君の行動って、美月ちゃんに助けられたから、その恩返し、っていうのが根っこにあるんだよね」

「恩返し? ううん、それはちょっと違う。恩返しなんて、いくら私が『鶴』でもしないよ」


首を横に振ると、穂積くんが不思議そうに瞬きした。


「え?」

「昔、いじめに遭ったのは本当だよ」


私は昔の話をした。

今では何がきっかけだったのかもわからない。
中学校二年生の春先、私はクラスでも目立つグループから疎まれて、様々な暴力を受けた。

机には毎日ゴミが置かれていたし、教科書が水浸しになったこともあった。
前髪を短く切られ、トイレの水をかけられた。
靴は毎日ゴミ箱に突っ込まれて、休み時間には殴られた。

そんな直接的な暴力に飽きた頃、無視されるようになった。
彼らは、ほかの生徒にも無視を強要し、守らなければ同じ目に合わせると言った。
私は、誰からも見えない子になってしまったのだ。

誰も私を見ない。
声をかけない。

その私を救い出してくれたのが美月ちゃんだった。
誰もが目を逸らしていた私を真っ直ぐ見て、笑いかけてくれた。名前を呼んでくれた。


『こんなのおかしい!』


大きな声でそう言って、彼女は私を一人の人間に戻してくれた。


『大丈夫だよ、陽鶴ちゃん』


綺麗な笑顔で言ってくれた。
その言葉は、私を心から救ってくれた。

私は彼女のお蔭で、辛さから抜け出せたんだ。


だけど、そのことに対する『恩返し』なんて、そんなおこがましいことは考えない。
だって、美月ちゃんは見返りを求めて私を助けてくれたんじゃないから。

彼女は『間違ってる』と思ったから、自分の『正しい』と思ったことをした。
したかったから、した。

だから、私も正しいと思ったことをしたい。
私は困ってる美月ちゃんを『助けたい』。
『助けになりたい』。

だから、そのためには何だってしようと思った。

思ったから、そうしてるだけだ。