「穂積……、だって……」

「これ以上嫌いたくないから、二度と陽鶴ちゃんに構わないで。行こう、陽鶴ちゃん」


穂積くんが私の手を掴み、引っ張った。
私は引きずられるようにして、その場を離れたのだった。
彼女たちは、何も言わなかった。


「――大丈夫だった? 陽鶴ちゃん」

「あ、うん。ありがとう」


ずんずん歩いた穂積くんは、美術部部室のある一棟の昇降口まで来てからようやく止まった。
掴んだ私の手を離し、顔を覗き込んでくる。


「何かされなかった?」

「大丈夫。しかし、凄いタイミングで来たね、穂積くん」

「連絡先の交換してなかったなーと思って、戻ったんだ。戻ってよかったよ」


片手で顔を覆ってはあ、と穂積くんがため息をつく。
それから、指の隙間から私を見た。


「ああいうの、初めて?」

「は?」

「絡まれるの。初めて?」

「ああ、そういうこと。うん、そうだよ」


頷くと、「よかった」と穂積くんが言った。


「俺も気を付けておくけどさ、何かあったら絶対言って。どうにかするから」

「お気遣い、ありがとう。だけど、私けっこうああいうの平気だから、そんなに心配はいらないからね」


お礼を言うと、穂積くんが手を顔から離し、「あのさ」と言った。


「俺、陽鶴ちゃんと一度二人で話したいと思ってたんだよね。まだ、美月ちゃんは寝てる?」

「うん。寝てる」


ふわふわ浮くと言うのは便利なものだ。段差も砂利も、ものともしないのだから。
彼女は超豪華なベッドで寝ているかのように、落ち着いて眠りを堪能していた。