あの日のきみを今も憶えている

「福原さん? 何笑ってんの」

「いや、ちょっと笑えたので。『顔だけの、チャラい年下には興味ない』だそうだけど」


長尾くんが、ポカンと大きな口を開けた。


「マジ、か……」

「信じてくれた?」


顔を覗きこむようにして訊くと、はっとした長尾くんがぶんぶんと首を横に振った。


「ちょ、ちょっと待って! じゃあじゃあ、俺の最近好きなお菓子!」


何その質問、と思いながら美月ちゃんを見る。
彼女がまたもや素早く、「さきイカ!」と叫ぶ。


「その前は、貝ひもだよ!」

「ふうん。意外な好みだね。さきイカ。その前は貝ひも」


ぷ、と笑いながら言うと、長尾くんの顔色が変わった。


「マジ……なんだ……」

「分かってくれた? 私、美月ちゃんが見えるの。会話も出来るの」


宣言すると、ふらりと動いた長尾くんがどさりとベンチに座り込んだ。
大きなため息を全身でつく。


「ごめん。とりあえず、少し落ち着かせて。福原さんも座りなよ」

「うん」


私も長尾くんの横に座る。
長尾くんはスポーツバッグの中からスポーツ飲料を取り出して喉を鳴らして飲んだ。
それからふっと息をつく。


「……美月ちゃん、ここにいるって?」

「うん。今、長尾くんの前に立ってる」


一瞬、長尾くんの体がびくりとした。
それから、ぎこちなく視線を上に向ける。
目線はちょうど、美月ちゃんの顔の辺りだった。


「美月ちゃん、いるんだ」

「ここにいるよ、って言ってる」


長尾くんが眉根を寄せて、困ったように笑った。


「ごめんな、俺、見えねえや。でも、いるんだね。俺、信じるよ」

「ありがとう、って」


美月ちゃんの代わりに言うと、長尾くんは小さく頷いた。


「そっか。美月ちゃん、いるんだ。そっか」


その目じりには、夕日を受けて光るものがあったけれど、私は見なかったことにした。