「じゃあ、それまではここで時間潰そう。いい?」


自分のロッカーに向かい、クロッキー帳と4Bの鉛筆を取る。


「うん、勿論! 今から、文化祭の絵を描くの?」

「うーん、まだ描きたいテーマとか全く思いつかないんだよね。でも、手慣らしで何か描きたいなあ」


石膏像をぐるりと見渡す。こんなにいっぱいあるのに、ピンとくるものがない。


「静物画、も気分じゃないなあ」


ふむ、と室内を見渡した私は、目の前に恰好のモデルがいることに気が付いた。


「美月ちゃん。ちょっと描かせて」

「ええ⁉ あたし?」


美月ちゃんが驚いたように自分を指差す。


「そう。スケッチみたいな、簡単なやつだから。いいかな?」

「それは、いいけど。でもあたしなんかでいいの?」

「あそこに並んでるどの石膏像より、魅力的」


に、と笑って言うと、美月ちゃんも笑った。
それから私は、窓際に椅子を一脚置いて美月ちゃんに座ってもらった。ぼんやりと外を眺めてもらう。


「じゃあ10分間、そのままポーズとっててね」


ストップウォッチを手に言うと、美月ちゃんが首を傾げた。


「10分? 時間制限があるの?」

「うん。クロッキーって、短時間で全体図を把握する練習みたいなものなの」


描きたいものの特徴を捉え、一気に描いていく。
対象の全体図を正確に把握する練習なのだ。


「ふうん、そうなんだ。ねえ、ヒィ。お話はしても、大丈夫?」

「うん、大丈夫。普通通りにしてて構わないよ」


シャ、シャ、と鉛筆の走る音がする。
私はこの音が好きだ。
これを聞くたび、ドガの切り取った永遠と自分の永遠が近づくような気がする。