先生は向田くんの持って来たイーゼルに絵を置き、「ほら」と私に向けた。


「福原ぁ、やっぱいいよ、これ。この躍動感だな。力強い足の運びが、ランナーの息遣いがガツンと伝わって来るんだよ」


F30のキャンバスの中には、ゴールに向かって駆けていくランナーの姿があった。

真っ直ぐにゴールテープを見据える、意志の強そうな瞳。
引き結んだ唇。
ぐっと振る腕。
土を蹴る、逞しい足。


「お前、そこの窓から毎日毎日、呆れるくらい見てたもんな。その熱情が、この姿を描けたんだ。
ランナーに対する想いが筆致に出てる」


杉田先生がうんうん、と頷いて喋る。


「で、この絵のモデルは、噂の男のどっちなんだよ、福原。このタッチは顔が判断しにくいんだよな」

「え、先生も気付いてたんですか? そんなことには疎いものとばかり」

「馬鹿にすんなよ、津川。俺は感受性の強い芸術家だぞ」

「自分でよく言いますね……」


しかし、私の耳にはその言葉は届かなくて。
私の全神経は今、背後の女の子に向けられていた。


……ああ。見られてしまった。


「これ……、あーくんだね」


美月ちゃんが呟いた。


「あーくんのフォーム、見間違えないもん。これは、あーくんだ」


振り返れない。
顔が真っ赤になるのが分かった。

美月ちゃんは気付いてしまうだろうか。
いやきっと、気付いてしまう。


だって。


「ヒィ、あーくんのことが、好きだったんだね……」


だって。
美月ちゃんは私と同じ人が好きなんだから。

だから、私がどんな想いで描いたのか、分かってしまう……。