あの日のきみを今も憶えている

「意味分かんねえ。でも、なんか元気ないぞ? なんかあった?」

「いや、ホント、なんでもない。うん」

「ふうん? なんか、おかしいと思わねえ?」


園田くんは狼狽えた私から、穂積くんに視線をやった。


「どうかな。最近暑さがキツイし、ヒィちゃんバテてるんじゃない?」


穂積くんが笑う。
私をこんなに動揺させた本人は、なんてことない顔をしている。
すこしくらい緊張してもいいんじゃないのか、このやろう。


「バテ……、ふうん、夏バテってやつか」


呟いた園田くんが、私の頭の上の手を離し、その手で私の手首を掴んだ。


「ふお? なに?」

「そういう時は、死ぬほど飯を食えばいい」

「は?」


園田くんは、いきなり方向転換をして、すたすた歩きだした。


「美味いラーメン屋があるんだ。俺のオススメはとんこつに辛子高菜トッピング。奢ってやるから、行くぞ」

「は? は?」


ラーメン? どうして急にそうなるの。


「穂積も、行くぞ」


私より半歩先を歩く園田くんが、言う。
穂積くんが「杏里はいつも意味不明なこと言うよな」と呆れた口調で言いながら、しかしついてくる。


「意味不明なことないだろ。美味いメシ食ったら元気になる。よく分かんねえけど、元気出せ」

「べ、別に元気がなくは」

「言い訳すんな。理由は分かんねえけどさ、ないことくらいは、分かるぞ」


ふはは、と園田くんが笑う。なんで自慢げなんだ、この人。


「ヒィちゃん、言いだしたら聞かないから、こいつ。折角だし、ラーメン食いに行こう」


困ったように穂積くんが言う。
その顔にはいつもの穂積くんの色しかなくて、私はほっとする。
これまで通りでいい、と穂積くんは言ったけれど、それは本当なの、かな?
窺うように見ていると、穂積くんが私にふっと顔を寄せた。


「いつもと違う顔、しなくていいよ」


小さな声に、私は頷くしかできない。
頬に血液が集中していく感覚があった。


「あ、見て見ろよ、ヒィ」


そんなことには気づかない園田くんが、ふいに空を指差す。


「すげえ鳥の数! どこ行くんだろうなあ」


オレンジ色に染まった空を、鳥たちが飛んでいた。
光を浴びて優雅に羽ばたく姿を二人で足を止めて眺める。


「わあ、すごい迫力……」

「なんか、スイカみてえだな」


園田くんの呟きに、ぷっと吹き出す。
鳥がタネというわけか。なんて自由な発想。


「スイカなら、もう少し赤いでしょ」

「赤いじゃん! あの、山のところが皮でさ!」

「ええー?」

「この景色をスイカに例える杏里の感覚って、幼稚園児みたいだよな」


ふん、と肩を竦めて笑う穂積くんに、園田くんがきゅっと眉を寄せる。


「む。じゃあお前、いい例えだしてみろよ、穂積」

「うーん……。ヒィちゃんの、ほっぺた?」

「え? ヒィのほっぺたってそんな赤いか?」

「はあ⁉ 穂積くん、そういう比喩止めて!」


三人でくだらない事を言って笑い合う。

少し寂れたラーメン屋さんで、辛めの辛子高菜入りとんこつラーメンを三人で啜る頃には、胸の中のもやもやのことを忘れている自分がいた。


「ああ、確かにこれは美味しいね、ヒィちゃん」

「うん。園田くんに、感謝だね」

「ふふん。だろ?」


穂積くんといつも通り、笑いあえた。