「あ! だ、だいじょうぶ?」


目があって、美月ちゃんが訊く。
園田くんは、ゆっくりと瞬きをしてから、優しく笑った。


「へーき。ていうか、まだいてくれたんだな、ヒィ。もう遅いから、帰んないと」


ひゅ、と美月ちゃんが息を飲んだ。
両手をぎゅっと握る。
それから、美月ちゃんはぎこちなく笑った。


「もう、帰るとこ……。おやすみって、言えたらな、って思って」

「そっか。ありがとな。明日は、行けたら学校行くから」

「無理しないで。一日くらい休みなよ」

「ん……、行くよ。行く」


園田くんは、寝ぼけていたのらしい。
ふあ、と欠伸をして、再び眠りに落ちた。


『ミィ、なんで、美月だって、言わなかったの』


美月ちゃんの奥で訊いた。
体を使ってまで部屋に飛び込んだのは、園田くんが心配だったからで。
なのに、どうして『美月だよ』って言わなかったの。

美月ちゃんだと分かったら、園田くんはきっと喜んだだろうに。
美月ちゃんは何も言わずに、病室を出た。


『ミィ? ねえ、どうしたの』


カツカツと廊下を歩き、ロビーへ戻る。
それから、美月ちゃんは私の体を抜け出た。
無人のロビーを、彼女は舞うようにくるくると歩き出す。


「ミィ?」


私を見ない背中に声をかける。
美月ちゃんはこちらを向こうとしなかった。


「ねえ、ミィ?」


どうせ誰もいない。
私は大きな声で呼んだ。


「ミィってば。どうしたの」

「どうも、しないって。あたしだなんて言ったら、あーくんは絶対起き出しちゃうでしょ。だから、あえて言わなかっただけだよ」

「え? そう、なの?」

「そうだよ。だって、こんな時間から病室で話をしてたら、怒られちゃう」


くるりと私の方を見て、美月ちゃんはにっこりと笑った。
その笑顔はいつもの笑顔で、何だか妙に胸騒ぎを覚えていた私はほっとする。

そっか、それだけのことか。


「でも、元気そうで安心した。まあ、あーくんは頭がかたいからね。野球の球くらい、どってことないよ」

「ワタルさんの話だと、たんこぶくらいの怪我らしいよ」

「ふふ、頑丈すぎ!」


笑い合っていると、仕事終わりのワタルさんがひょこひょことやって来た。


「さ、帰ろうか、ヒィちゃん。僕のせいで遅くなったし、夕飯を食べさせてあげよう。とんこつラーメンの美味しい店があるんだよ。特にお勧めは背油たっぷりチャーシュー麺」

「え? わあい、ありがとう!」


お昼ご飯をあんなにいっぱい食べたというのに、お腹がクルクルと鳴った。

いや、夜だから!
もう夜だからだ、きっと!
だから食べてもきっと、大丈夫!

ワタルさんと話す私の横で、美月ちゃんはいつも通り、笑っていた。