あの日のきみを今も憶えている

それから私は部室に戻って美月ちゃんを描く。
美月ちゃんは心地よさそうに眠っていた。

私はその可愛らしい寝顔を写し取る。
ふっくらとした唇や、桜色の頬を。

美月ちゃんは赤ちゃんのように口元をモグモグさせたあと、嬉しそうに微笑んだ。
きっと、夢の中でも園田くんのお弁当を食べているんだろう。

ほら、園田くん。
美月ちゃんはこんなにも喜んでくれてるよ。


「陽鶴先輩、最近スケッチばっかりですね。描かないんですか?」


桜子の声にハッとして顔を上げる。
私の前に立った桜子は、眼下の陸上部の練習を見て、それから私の方を向いて笑った。


「それとも、また、ですか?」

「はは、どうだろうね」


スケッチブックを閉じて笑う。
桜子は私に「どっちですか?」と悪戯っぽく訊いた。


「は? なに、どっちって」

「陽鶴先輩の好きな方ですよ。あの二人のどっちかですよね」


いつも黙々と絵を描く桜子はとても言葉が少ない子だ。
そして、たまに口に出す言葉は短くて、そして的確。


「なに言ってるの。私は、別に」

「嘘ばっかり」


クスクスと笑って、桜子は「頑張ってください」と言った。


「私、陽鶴先輩のこと大好きだし、先輩の絵もすごく好き。だから、応援します」

「そう」


私は、桜子の足元でぐっすり眠っている美月ちゃんをちらちら気にしながら言った。

眠ってくれていてよかった。
起きていたら大騒ぎしそうだ。
それは、避けたいところ。


「特に、この間の『こうこうび』の絵、大好きなんです。あのタッチ、悔しくなるくらい好き」

「え? えへへ、ありがとう」

「あれ、絶対奨励賞なのはおかしい。私、杉田先生と一緒にキレましたもん」

「桜子はいいけど、杉田先生はキレすぎだよ。
あの人怒りのやりどころがなくって、無関係の柔道部にカチコミに行ったでしょ」

「柔道部の顧問の先生に絞め技くらって、大人しくなりましたけどね」

「なんで柔道部なんだろうね」

「レスリング部には、門前払いをくらったそうです」

「へえ。まあ、迷惑だもんね」


話題が反れたことにホッとしていると、外の方で大きな声がした。