私が会釈をすると、二人は家に入って行った。


「ああ、ヒィ。本当にありがとう。あたし、ちゃんとお礼も言えた。
お別れも言えた。またねって……言えた。本当にありがとう」


美月ちゃんは涙をぬぐい、何度も私にありがとうと言った。


「ああ、よかった。本当に、ありがとう」

「……お礼を言うところじゃ、ないよ。もっと早く連れて来てよって、言ってよ。文句言ってよ」


実のところ、私はすごく自己嫌悪に陥っていた。

私の家族の中にずっといて、時には家族のために食事まで作ってくれていた美月ちゃん。
私の両親や姉と、家族のフリをして仲良くするのは辛かったんじゃないだろうか。
家族の中にいる私を見て、悲しくなったんじゃないだろうか。


私は本当に、馬鹿だ。
もしかしたら、私は彼女にずっとずっと、我慢をさせていたかもしれない。

美月ちゃんは今、家族と別れを告げた。
そんな彼女に、私は何ができるだろう。
もうこれ以上、家族のことで哀しい思いをさせたくない……。


「……ミィ!」

「え?」

「私、これから美月ちゃんのこと、ミィって呼ぶ」


急に言い出した私を、美月ちゃんは涙で濡れた目で不思議そうに見た。


「どうしたの?」

「私がヒィで、お姉ちゃんがチィ。だから美月ちゃんはミィでしょ」


美月ちゃんがぱちぱちと瞬きした。


「いいけど……えっと?」

「家族だから、私! ずっと一緒にいるんだし、一緒に寝てるんだし。ついでに体も一緒に使ってるんだし、これってもう家族でしょ!」


まくし立てるように言って、それからおずおずと美月ちゃんを見た。


「私が二番目の家族になる、私の家族も、そうだよ。私の家族になるんだから、呼び方も、統一しないと」


ね? と訊くと、泣き顔に花が咲いた。


「うん! ミィって呼んで!」

「えへへ、よかった。ミィは、私より誕生日遅かったよね。ていうことは、福原家の末っ子だ」

「え! あたし、妹? やったぁ。一人っ子から、三人姉妹になったぁ」


美月ちゃんがうふふ、と笑む。下手くそな私の言葉に笑ってくれる、その優しさが嬉しい。

私の言うことなんて、辛さを和らげることはできない。
彼女の中にある深い悲しみを取り除くことはできない。

だけど、少しでも笑って欲しくて。
少しだけでも、小石一つ分くらいでも、心を軽くしてほしい。


「チィ、ヒィとミィかあ。なんかユニット組んだみたいだね!」

「お姉ちゃんとミィは、アイドルいけるよね。私はネタ担当かな」

「あはは、ヒィも可愛いから大丈夫!」

「ダメだと思う。……おっぱいちっちゃいし」

「ヒィって、けっこうそこに拘るよね……」


私たちは少しだけ距離を縮めて、学校へ向かった。