「――ええと、あの、私、今日はこれを持って来たんです」


私はバッグからからF4サイズの額を一つ取り出して、二人の前に差し出した

水彩で淡く色を付けた、美月ちゃんの絵。
窓際でほほ笑む姿は、昨日の美月ちゃんだ。
美月ちゃんに、両親との思い出を語ってもらいながら描いた。
だから、表情に家族に向けるような、気の抜けたあどけなさがある。


「……スケッチに少し色を付けただけの、絵なんですけど。その、美月ちゃんに生前、モデルになってもらってて。よかったら、これをどこかに飾ってもらえないかと思……」


言葉を切った。
美月ちゃんの御両親は、小さな額の中の娘をとても愛おしそうに撫でていた。


「美月だわ。とても嬉しそうに笑ってる」

「ああ、可愛いなあ。あの子が髪を耳にかける仕草、そのまんまだ」


二人は長く絵を眺めて、それから私に頭を下げた。


「ありがとう。何よりの、プレゼントだ」

「大事にするわ。ずっと、ずっと」

「いえ。喜んでもらえて、よかったです」


家に持ち帰って、夜遅くまで時間を使って描いた絵だった。
こんなに喜んでもらえたなら、本当によかった。

私は二人に見送られて、美月ちゃんの家を後にした。


「……ありがとう。ヒィ」


振り返り、見送ってくれている両親の姿を何度も見ていた美月ちゃんが、私に言う。


「お母さんに、抱きしめてもらえた。お母さんの匂いがして、あたし、すごく……嬉しかった」

「うん。よかった……」


曲がり角を曲がるとき、美月ちゃんは足を止めて、小さくなった両親に向き合った。
私も足を止める。

少しだけ言い躊躇った美月ちゃんは、大きな声で「さよなら!」と言った。


「元気でね! さよなら!」


涙声の美月ちゃんがそう叫ぶ。
聞こえない言葉でも、心からの、精一杯の言葉。

その瞬間、お父さんがひらりと手を振った。


「気を付けて。またね!」


美月ちゃんが、びくりとした。
それから立ち尽くしたまま「ああ」と声を上げた。
空を仰いで、涙をこぼす。

「ああ。ああ」と子供のように泣き声を上げた美月ちゃんは、その涙を乱暴にぬぐい、


笑った。


「……またね! またね、お父さん。またね、お母さん。また、会おうね」


なんて、タイミングなんだろう。
だけど、呼び合うものがあったのだと、私は思う。

そして。


『またね』


それはきっと、美月ちゃんが一番欲しかった言葉だ。