「なんか、ごめん。まさかお姉さんの彼氏とは思わなかったからさ。嫌なこと言わせちゃったね」


明日香が余りにもしょんぼりして言うので、私はへらりと笑った。


「全然気にしないでよ。好きになっちゃった私が悪いんだし。
まあ、早く気持ちの踏ん切りをつけれるよう、頑張ってるとこだしさ。前田くんには、悪いことしたけど」

「……そう、だね。うん、そうしなよ。私ももっと頑張って、陽鶴と気が合いそうな男の子探すし!」

「あはは、ありがとう」


笑いあったところで、定年間近の初老の担任が、のそりと教室に入ってきた。


「おーし、席つけー! さっさと終わらせるぞ!」

「あ、と先生きた。じゃあ、私席戻るね」


広げていた本を片づけて、明日香がバタバタと席に戻っていった。
その背中を見ながら、私はほっとした気持ちと、ちょっとの罪悪感を抱えていた。


姉の彼氏が好きだなんていうのは、嘘だ。


あの人のことはとてもいい人だと思っている。
けど、それだけだ。

適当なことを言って、私は本心を明日香に隠した。

だって、人を想う気持ちなんて、伝える気がないのなら口に出す必要はない。
誰かに知ってもらう必要もない。

私は私の想いを誰に言うつもりもなかった。


それは、きっと永遠に。