あの日のきみを今も憶えている

「へえ、ヒィちゃんって、絵が好きなんだ」

「そういや、美術部だもんな。どんな絵が好きなんだ」


話題は、私の趣味である絵画に移った。
美月ちゃんが、私の部屋の本棚にはたくさんの絵画の本があって、絵も飾っているなんて話をしたからだ。

興味を抱いたらしい二人に、私はどう説明したらいいものかと考える。
自分の絵画に対する情熱が、男の子を『どん引き』させるものであると学んだのは、まだ最近の話だ。


「まあ、色々、好きな絵はあるんだけど」


紙コップを弄びながら言うと、園田くんが「一番好きな絵、見せてくれよ」と言った。


「画像とか、今ないの?」

「え? あ、うん。ええと」


好きな絵は、スマホの絵画フォルダに全部入れてある。
その中から私が選びだしたのはもちろん、ドガの『エトワール』だった。


「えっと、これ、なんだけど」


二人の前にスマホを差し出すと、男の子二人が覗きこんだ。


「あ、これ知ってる」


先に声を上げたのは穂積くんだった。


「えーっと、そうだ、ドガの絵だ! 美術の授業で習った!」

「そう、正解」


分かってくれたことが嬉しくて、えへへと笑う。


「なんかふわふわして、女の子らしくて可愛い絵だよね。そっか、これが、ヒィちゃんのお気に入り?」


穂積くんに訊かれて、頷く。

可愛い。
確かに、チュチュを着た女の子はとても愛らしくて可愛い。


「うん、そうなの。一番好きな絵」


言いながら、私は園田くんを見る。
彼は、画面をじいっと見つめていた。
顎に手を当て、考え込んでいる。


「園田くん? どうかした?」

「……いや、ヒィには悪いけどさ、この絵、薄気味悪いなって俺は思う」


うん、と頷きながら園田くんが言う。


「なんかすげえ、怖い」

「……怖い?」


思いもよらぬ言葉に、問い返す。
この絵のどこに、彼は恐怖を抱くのだ。

穂積くんも、美月ちゃんも、「どうして?」と口にした。

園田くんは私の手からスマホを取り上げ、画面を拡大したり、縮小したりしてじっくり眺めながら「うん、怖い」とやっぱり言った。


「どこが怖いの?」


訊くと、園田くんはぱっと顔を上げて私を見た。
そして、言った。


「何かさ、今にも動き出しそうで、怖い」

「…………!」

「何だ、それ。意味わかんねえよ」


ぷっと穂積くんが吹きだした。美月ちゃんも、笑う。


「やだ、あーくん。絵が動きそうで怖いなんて、可愛い」

「大昔の、ただの絵だぞ。動くわけないじゃん。ヒィちゃんの好きな絵をそんな風に言うなよ」