「陽鶴との付き合いは、けっこう長いからねー。好きな人がいることくらい、分かるって。前田くんだって、陽鶴が他の人を見てること気が付いてたよ」

「うそ!」

「ホント。だけど、私も前田くんも、誰かまでは分かんなかった。で、誰よ? 同じクラスの奴?」


帰りのH.R前の騒がしい教室を見渡して明日香が訊く。
私はどうにか息を整えながら、ぶんぶんと首を横に振った。


「い、いないいない。この中にはいない」

「じゃあ、誰? 友達としては、いい加減教えてもらいたいんだけどな」


アーモンドのような綺麗な形をした明日香の目に真っ直ぐ見つめられて、私は「う」と口ごもる。

こんな話、苦手だ。
だけど、これまで何も言わなかった明日香がこんなことを言い出すってことは、よっぽど考えてのことなのだ。
これまで好きな人の話なんて一切したことのない私に、明日香はイライラしていたのかもしれない。

これは、「いないよー」なんて気軽に笑ってごまかせる話じゃない、気がする。


「お姉ちゃんの……」

「え?」

「お姉ちゃんの、彼氏」

「は? 陽鶴のお姉さん……千鶴(ちづる)さんの彼氏って、あのインターンの⁉」


私の家に何度も遊びに来たことのある明日香は、私と五つ離れた大学生の姉のことも、その姉が三年ほど付き合っている医者の卵の彼氏のことも知っていた。

彼が晴れて医者になれば、きっと結婚するんだろうと誰もが思うくらい、彼女たちが仲睦まじいことも。


「うそ……。あのお姉さんの彼氏、か。……ごめん、それはあんたに勝ち目はない、と言わざるを得ない」


明日香は、申し訳なさそうに言った。

私の姉の千鶴は、とても綺麗な人だ。

父と母の良いところ、純粋な上澄み部分だけで作られたような美人さんだ。
整いすぎた顔立ちは言わずもがな、背はすらりと高くておっぱいがおっきい。
きゅっと締った腰はとても高い位置にある。

対して私であるが、まあ姉の残り物で構成されておりますって感じ。
鼻も低けりゃ背も低いし、寸胴だし。
おっぱいなんてささやかにつましいものです。
顔は、少しは可愛いと言われるけれど、スカウトされるのもしょっちゅうな姉と比べたら、道の端っこに転がる石みたいなもの。

誰の目にも止まりませんとも。
ええ。明日香の言うとおり、勝ち目はありません。


「そんなわけなので、お察しの通り、好きな人とは付き合えそうにありません」

「ええ、わかりました。すみません」


明日香と向かい合って頭を下げあい、それから二人でため息をついた。